小話

□泣かないで、ごめんね
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私が明日出発することを誰かから聞いたらしい。
執務室のドアを乱暴に開けてソファーに座りこんで、鋼のは黙って私を睨んでいる。

そうやって私の気を引いて、なにか言わせようというつもりなのか。
だが、あいにく口にするべき言葉は思いつかない。なのでこちらもだんまりだ。黙々と明日のための準備を進める。着替えを詰めた小さめなトランクを持つと、旅立つときの鋼のの姿が思い出されて少しおかしくなった。私はいつも見送る側で、いつも寂しかった。彼も少しは私の寂しさを理解してくれるといい。ついて行くことができなくて、無事を祈ることしかできない自分が歯痒くて悔しい。そんな気持ちを。

「明日、だって?」

たまりかねたらしい鋼のがついに口を開いた。
私は書棚から資料を出してめくっていたところだったので、曖昧に頷くしかできなかった。本当にいつもと逆だ。いつもは彼が資料や本に夢中で、私の言葉に曖昧に頷くだけなのだから。

「見送りはいらんぞ」

あまりに素っ気ないかと思って言ってみたら、なんだかますます素っ気なくなった。視界の端に映る鋼のの顔が歪むのがわかる。



私は明日、戦地へ行く。
帰るのは戦争が終息を迎えてからだ。いつになるかは知らない。



「……ずいぶんあっさり言うのな」

鋼のは自分を棚にあげてそう言った。私は苦笑したが、俯いた彼に見えたかどうかはわからない。

「……………帰ったら、」

鋼のは立ち上がりながら呟くように言った。

「あんたが無事帰ってきたら」

私は持って行く予定の資料をまとめながら振り向いた。
鋼のは泣きそうな顔をしていた。

そんな、今まで私の告白や誘いや求婚を散々蹴っ飛ばしたきみが、今になってそんな顔をするのは狡いだろう。私に期待を持たせる真似はやめてくれ。

だが鋼のは俯いたまま。

耐えきれなかったらしい涙がぽたりと絨毯に落ちるのを、私は呆然と見守った。

鋼のが泣いている。

間違いなく、私のために。

思わず駆け寄ろうと足を踏み出した私を、鋼のは顔をあげて見つめた。
涙に濡れた頬が美しくて、私はそれに見惚れた。

「帰ってくるまで、待ってるから」

驚きすぎて動けない私を見据えたままそう言って、すぐに鋼のはドアに向かって駆け出した。
ドアを開き、外へ出ようとした鋼のは、振り向いてもう一度私を見た。

「………ちゃんと帰ってきたら、させてやるから」

なにを、と問う暇はなかった。ドアは乱暴に閉まり、廊下を駆けていく足音がやけに鮮明に響いた。



させてやる。
なにを。
アレか。
しかもソレもか。
アレとかソレとかコレとかを、まとめてしてもいいのか。



………マジでか。







私はついに言わなかった。

準備をしている最中に鋼のが来たため、言う暇がなかったのだ。

明日行く戦地では、戦闘はほぼ終わっていることとか。

私はあちらの代表と、和平交渉に行くだけだとか。

もちろん危険はある。だから将軍連中が行きたがらなくて、私にまわってきたのだ。
だが護衛が二人つく。ホークアイ中尉とハボック少尉だ。
彼らが一緒なら大丈夫と言い切れる。もしなにかあってもハボックの頭に穴があくかハボックの手足がなくなるかハボックの腹の中身が出るかで、私は無傷だ。

「なんでオレばっか限定なんスか」

いたのかハボック。

「さっき来たんスよ。大将、すっかり勘違いしてるじゃねぇスか。訂正してきたらどうですか」

せっかく盛り上がった私への想いに水を差してどうする。

「今はそっとしておこう。帰ったら嫌というほど構ってやるさ」

「……ほんと、あんた最低スね」





呆れ顔のハボックと、話を聞いてため息をつくホークアイ中尉を連れて、私は翌日戦地へ赴いた。

戯れに飛ばした火花が効果をあげて、交渉は有利に進んだ。私は三週間もたたないうちに中央へ戻ってきた。










「やぁ鋼の。久しぶりだね」

彼の定宿に迎えに行った私は、布団の塊になってベッドにいる鋼のに笑いかけた。そんなところで待つなんて、なんて用意がいい。では早速遠慮なく。

隣に潜りこもうとした私の鼻先に、鋼のがいきなり新聞を突きつけた。今回の私の活躍が載っているやつだ。

「あんた、交渉するためだけに行ったんだって?」

なんで言わねぇんだよ、と唸る鋼のの顔は真っ赤だ。

「いや、言う暇がなくて」

「嘘だ。絶対、オレに勘違いさせたくて黙ってたんだ」

鋭いな。

「もうオレ司令部行けねぇ。穴があったら入りてぇ」

「穴に入りたいのは私のほうなんだが」

「死ね変態」

鋼のはまた布団に潜ってしまった。
それを布団ごと抱きしめて、手探りで顔の位置を探してそこだけ布団を剥ぐ。
赤く染まったままの鋼のに、私はにっこりと笑った。

「私が無事に帰ったら、させてくれるんだろう?」

「あれは無効だ」

「男らしくないぞ鋼の」

鋼のはそっぽを向いてしばらく困った顔をしていたが、やがて観念したようにこちらを向いて目を閉じた。

「仕方ねぇからさせてやる」
そう言って鋼のは唇を突き出した。

「……鋼の、させてやるって、まさかキスのことだったのか?」

「他になにがあんだよ」

あんたいつもさせてくれって言ってたじゃん、と言われれば確かにそうだ。だが、あんな言い方でそれだけというのはないだろう。あれは絶対、私にすべてをくれるという鋼のからの愛の告白だった。うん、絶対そうだ。照れ屋な鋼のの言葉の裏を汲んでやるのも私の役目だ。うんうん、可愛いなぁ鋼のは。

暴れて逃げようとする鋼のを捕まえて押し倒して布団と服を剥ぎ取るという作業をしながら、私はふいに執務室で見た鋼のの涙を思い出した。




たまには戦地へ行くのも悪くない。あんなふうに泣いてくれるなら。

でも、もうなるべく行かないから。

命令が来てもできるだけ粘るから。

だから、もう二度と泣かないでくれ。




そう言うと、鋼のはちらりと私を見てから、小さな声で呟いた。

心配、したんだ。
死ぬかも、て思って。




私は小さな体を力をこめて抱き寄せて、しがみついてくる鋼のの耳にごめんねと囁いた。





END,

思いつき。
軍人な大佐を書いてるのに、戦争に行くネタ書いてないなぁとか思ったので。

てかコレ戦争関係あんのか。

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