小話

□そんな瞳で見ないで
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レストランの扉を開けて、オレは外に出た。
昼間は暑いけど、夜はやっぱり涼しい。気持ちいい風が吹いて、後ろでまとめた髪が揺れた。

気の張るレストランは柄じゃないからと裏路地にある小さくて気安い店を選んだ。そのかわり周辺の治安はあまりよくない。通りすぎる酔っ払い達が遠慮なくこちらを眺めてくるのを見て、オレは眉を寄せてため息をついた。

「おねえちゃん、一人?」

さっそく来た。
嫌な顔を隠さずに振り向くと、赤い顔をして酒臭い、学生ぽい三人組がにやにやしながらオレを見ていた。

「誰が女だ」
なるべく低い声で言うと、三人組は驚いた顔を見合わせた。
「男かよ」
「へぇ、わかんなかったな。おまえオカマ?」
「まぁいいや、可愛いし。な、カラオケでも行かねぇ?」
オカマに見える格好はしてねぇぞ。オレは一応自分の姿を確認した。赤いパーカーとグレーのジーンズ。うん、大丈夫。オレは顔をあげて三人を睨んだ。
「わ、見ろよ。目が金色だぜ」
「へぇ、珍しいな」
「あ、もしかして商売してんの?いくら?」
睨んでも効果がないらしい。まぁ酔っ払いだからな。オレは無視を決め込んでそっぽを向いた。だが、意外にしつこい。オレを囲むようにして品定めし、値段を聞いてくる。
確かにこの辺りにはそういう商売やってる奴もいるけど、オレは違うぞ。ムカついてきたオレは三人を見上げた。
「オレさぁ、犬飼ってんだよね」
三人は怪訝な顔になる。
「でっかいの2匹。オレの番犬なんだ」
きょろきょろする三人。だが路地のどこにも犬はいない。
「ってわけでさ。いい加減にしねぇと、噛みつかれんぞてめぇら」
三人はまた顔を見合わせた。それから苦笑してオレを見る。
「どこに犬がいるんだよ。てか犬なんか別に怖くねぇし」
「ガキの脅し文句なんてこんなもんだろ」
「ほら、いいから行こうって。遊ぼうぜ」
オレに向かって一人が手を伸ばす。
だが、その手はオレに届く前に別の手に掴まれた。
同時にオレの体が後ろへ引かれた。倒れかかったのは壁ではなく、
「准将」
後ろを見上げたオレに、准将はくすくす笑った。
「番犬とは言い得て妙だな」
酔っ払いの腕を掴んだ少尉もにやっと笑った。
「違いねぇや」
少尉はどうやら加減をしてないらしい。掴まれた酔っ払いの腕がミシリと音を立てた。
「ほら、早く逃げねぇと折れちまうぜ」
少尉が言うと、オレを抱きこんだままで准将が笑った。
「いいんじゃないか?2本もあるんだ、1本くらい」
無茶苦茶言ってる。顔を見れば、目はまったく笑ってなかった。少尉も同じ。二人とも、冷たい氷みたいな瞳で三人を見据えている。
三人組は声も出ないらしい。掴まってない二人はすぐに逃げ出して、残りの一人も少尉の手が離れると同時に転がるみたいに逃げて行った。

「遅ぇよ二人とも」
「ごめん、大将」
文句を言うと、少尉がオレの頭を撫でた。
「准将のやつが強情でさぁ」
「なにを言う。強情なのはおまえだろう」
准将がオレの後ろから言う。
「薄給なんだから黙っていればいいものを」
「薄給だと思うんなら給料上げてくれ」
「基本給は決まってるんだ。残業で稼げ」
私なんか残業しても手当てはつかんぞ、なんて准将がぶつぶつ言う。なにこの生々しい話題。
二人が言うのを要約すると、オレの分をどちらが払うかで揉めてたらしい。
「あほらし」
オレが呟くと、二人は真剣な目でオレを見た。
「あほらしくない!恋人と食事をしたら会計を持つのは男の甲斐性だ!」
「なのにこいつ、一人でさっさと払おうとしやがんだよ!だからレジの前で」
取っ組み合いしてた、てわけか。オレはため息をついて准将の腕から抜け出した。
「だからオレ自分のは自分で払うっていつも言ってるじゃん」
「おまえに払わせるわけにいくかっての!これは男のプライドがかかってんだぞ」
「なにがプライドだ。おまえ自分の分は黙って私に払わせたくせに」
「オレが奢られるぶんにはOKだ。よきにはからえ」
「何様だキサマ」
オレは先に帰ることにして歩き出した。本当に、こいつら仲がよすぎてどうしようもない。恋人まで共有してんだもん、究極だよ。



マスタング准将とハボック少尉。
職場では息の合った上司と部下で、プライベートでは仲のいい友達。親友、てやつなんだろうか。
オレはこの二人と付き合っている。いつもどっちか、もしくは両方がどこにでもついてきてなにかあれば守ってくれる。不本意ながらオレはどうも男にモテるようで、さっきみたいなこともわりとよくあるから、正直助かってる。
オレにとっては番犬。相手にとっては狂犬だ。容赦とか手加減とか、そういう言葉を知らない二人のおかげで、最近はオレに近づく奴も減った。ついでに友達も減った。いいんだか悪いんだかわからないけど、二人は満足そうだ。

オレはこの二人の瞳が好きだ。

黒と青。優しいときも、冷たく光るときも。

いつもどきどきする。

だから、離れられない。




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