小話

□その瞳が、大好きで
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アルが学校の寄宿舎に入ったのをきっかけに、オレは一人暮らしすることにした。
場所はアルの学校の近くがいいと思ってイーストシティを選び、まだ資格を返上してなかったからマスタング大佐改め准将を後見人に軍属の錬金術師として仕事をすることに決めた。
准将がイーストに戻ってくるとは思わなかったが、知らない奴の下で働くのはなんとなく不安だったのでちょっと嬉しかった。准将と一緒に他のみんなも戻ってきたからそれはとても嬉しかった。
以前より司令部にいることが増えたし、デスクワークを手伝ったり視察について行ったりとかが多くなって、オレは司令部のみんなと前よりずっと親しくなれた。
こんな生活も悪くないな、なんて思いながらのんびり毎日を送っていた。

ずっとこうだといいな、なんて思っていたのに、神様ってやつはやっぱり禁忌を犯したオレをとことん嫌っているらしい。
平和な毎日は、ある日突然オレの手をすり抜けてどこかへ行ってしまった。









夕食をすませてのんびり本を読んでいたら、玄関の呼び鈴が鳴った。
オレんちを訪ねて来るなんてアルか新聞の勧誘くらいしかいないし、どちらも夜8時を回ったこんな時間に来ることはない。まさかアルになにかあったのかと、驚いたオレは用心するのも忘れて慌てて鍵を開けてドアを開いた。

「やぁ、鋼の」

「こんばんは、大将」

呼び方は違うがどちらもオレのことだ。
その呼び方をするのはどちらも一人しかいない。

なんだか微妙な笑顔のマスタング准将とハボック少尉を見て、びっくりするより先になんとなく嫌な予感が頭を過った。



とりあえず上司と同僚を玄関先に立たせておくわけにもいかず、オレは中へ促した。二人はきょろきょろしながら入ってきて、遠慮がちにリビングのソファーに腰かけた。

「どしたの?珍しいじゃん、二人揃って」
「いや…今、すぐそこで会ってね」
「行き先同じだから一緒に来たんだよ」
なんだか落ち着かない二人にコーヒーを出し、ひとつしかないソファーを客に提供したオレはテーブルを挟んで向かいの床に置いたクッションに座った。
「行き先って、今からどっか行くの?」
「や、別に…」
歯切れ悪く少尉が笑った。手持ちぶさたらしい少尉に缶詰めの空き缶を灰皿がわりに差し出して、オレは准将を見た。
「いや、あの…」
准将はオレから目を逸らして窓を見た。ネオンが輝く街をカーテンが半分隠している。
「特に、どこへ行くってわけでもないんだが…」
呟くみたいに言って、准将は次は天井を見た。なんのへんてつもない古いアパートの天井だ。注目するべきものはない。
次にまた少尉を見れば、タバコをくわえて火をつけようとしている。フィルターに火つけてどうすんだ。逆だろ。指摘したら慌ててライターを落として、また微妙な顔で苦笑する。

居心地が悪い。

なんなんだ、この空気。





「ああもう。これでは埒があかない」
准将が突然立ち上がった。
隣の少尉も立ち上がり、二人はなにやら小さな声で相談したかと思うと、テーブルを回ってオレの横に来た。
そんで座り込む。なぜか正座。
なにが起こるんだ、と怪訝な顔のオレに、そのまま二人はがばっと土下座した。

「好きです!」

見事なハーモニー。

いやそうじゃなくて。

「………は?」

驚いた顔で固まったオレに、頭を下げた格好のまま二人はさらに予想外なことを言った。

「ずっと好きでした!結婚してください!」

なんでそんなきれいにハモってんだ。

土下座する二人を見下ろして、オレは言葉が出なかった。




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