小話

□窓の向こうのクリスマス
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耳を掠めた冷たい風に思わず肩を竦めるエドワードの頬に、ひやりと冷たい粒が当たった。
「あー、やっぱ降りだしたか……」
ため息とともに見上げる空からは、ひらひらと雪が舞い落ちてくる。

薄いセーターとはき古して膝が抜けたジーパンと、紙のようにぺらぺらになったマフラーに大きく穴が開いたスニーカー。
雪が降る中でそんな格好は目立つ。足早に通り過ぎる人々が哀れみと蔑みの目を向けるのを、エドワードは眉を寄せて下を向いてやり過ごした。
手に持ったカゴには蓋はない。中に入っているマッチの箱の山にも遠慮なく雪が降り注ぎ、大事な売り物が湿っていくのをどうにもできずに睨みながら、エドワードは肩を落として歩き出した。

家には帰れない。孤児のエドワードを引き取った家は貧しく、働かなくては食べるものも毛布も与えてはくれなかった。今日はまだひとつもマッチが売れてないし、その上雪でその商品がダメになってしまっている。帰ったらどんな目に合わされるかわからない。

薄暗い道を歩きながら、エドワードはふと顔をあげた。カーテンの開いた窓からきらきらとした明かりが輝いて雪を照らしていた。
通り過ぎながら中を見ると、クリスマスツリーがきれいに装飾されている。ツリーの下にはたくさんの箱がリボンつきで積まれ、子供達に開けてもらうのを待っていた。

ああ、今日はクリスマスイブか。

エドワードはまた暗い道に目を戻し、歩き出した。
物心ついたときから、クリスマスには縁がなかった。プレゼントもケーキも、横目で見て通り過ぎるだけ。
それが悲しいとか辛いとか、思ったこともなかった。サンタなんかいない。神様もいない。イルミネーションのきらめきに浮かれて騒ぐ人々はみな金持ちの上流階級だ。
無縁の世界。それが当たり前。

なのに、今日はなぜかそれがやけに心に刺さった。
雪のせいだ。セーターからその下の素肌に凍みる冷たさのせいだ。積もり始めた雪を踏むたび穴から氷のような水がしみ込んで素足に刺すような痛みをもたらすせいだ。
マフラーを精一杯首に巻きつけて寒さを誤魔化して、エドワードは雨宿りできる場所を探して歩いた。


人通りも少なくなった深夜、いまだてくてくと歩くエドワードの視界に黒い人影が映った。
黒い髪、黒いコート。その下から覗く青はこの国で最高権力を持つ国軍の証。
クリスマスイブだというのに一人で、酔ったふうもなくしっかりと雪を踏みしめて歩く軍人にエドワードは数歩近寄った。

「ねぇ、マッチ買ってくんない?」

軍人なら金はあるだろう。ひとつだけでもいい、買ってくれれば帰れる。小銭だけでは食事はさせてもらえないだろうが、とりあえずは屋根の下に入って毛布をかぶって眠れる。

立ち止まった男に、エドワードはまた少し近寄った。
「ちょっと雪かぶっちゃってるけどさ。ちゃんと火はつくから」
下から見上げた軍人は、髪と同じ黒い瞳でエドワードを見つめていた。
「…………こんな夜中に、なにをしてるんだ。子供は帰って寝る時間だぞ」
厳しい声はエドワードにとっては聞きなれたものだ。たいていの大人はこう言う。
「コレ売らねぇと帰れねぇんだよ。だからさ、」
同情を請う自分の顔はさぞかしみっともないだろう、とエドワードは思う。が、こんな演技でもしなくては、怪しげな子供からマッチなど買う人間などいないことも承知している。
男はそれをどう思ったか、エドワードをしばし見つめた。値踏みするような視線もエドワードにはお馴染みだ。街角に立ってこうやって声をかければ、体を売っていると勘違いされることもよくあるからだ。
エドワードは眉を寄せ、ため息をついた。
「………もういい。ばいばい」
言い捨てて男から離れ、また歩き出す。今夜はこのまま野宿決定だ。明日の朝、目を覚ますことができるかどうかはわからないが。
雪はどんどん降ってきて、視界は既に無いも同然だった。感覚のなくなった足は何度もよろめき転びそうになる。とっくにびしょ濡れになったセーターでも、氷水に浸かるよりはマシなはず。エドワードは必死にバランスを取って歩き続けた。

雪の塊を避けて踏み出した足が宙を蹴って、エドワードの体がふわりと浮いた。
階段だったのか、と思ったときには遅すぎた。痩せすぎて小さな体はそのまま落下し、エドワードの意識はそこで途切れた。



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