小話

□ずっと、一緒に
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年末はどこも慌ただしい。
アメストリスの中枢とも言える国軍本部も、例外ではなかった。
早めに休暇を取った者もいれば、年が明けてから休暇に入る者もいる。人々が忙しく移動する時期だけにテロリスト達の活動に監視の目を光らせなくてはならないし、その合間に通常業務もある。人手が足りなくなるこの時期、司令部では皆走り回って仕事をこなしていた。

「大佐、こっちもヨロシク」
忙しさに敬語を忘れたらしいハボックが、ロイのデスクに書類を投げ出した。そのまま急ぎ足で廊下へ出ようとする部下を呼び止めて、ロイは苦い顔で書類を眺めた。
「読めないぞ。忙しくても字は丁寧に書け」
「んな暇ねぇって。5時までにそれ回さねぇと事務局の連中帰っちまいますぜ」
足を止めたハボックは時計を見てロイを見た。ホークアイが早めに休暇に入ったため、走り回っても間に合わないほどの忙しさなのだ。字くらいで説教をくらう時間がもったいない。
「まぁ、もう少し落ち着いたらどうだ。焦っても能率はあがらんぞ」
ため息をついて椅子に背を預けるロイは、笑って肩を竦めて見せた。
「というか、読めないのでは仕事にならん。これはどの件の報告書なんだ?」
「あー、こないだ不審な無線を傍受したやつの」
ハボックは呑気な上司の態度に諦めたらしく、デスクの傍まで戻ってきてポケットからタバコを取り出した。
「ほら、なんかテロリスト達の連絡かなんか偶然傍受したじゃないスか。で、あっさり全員捕まえたやつ」
「ああ。しかしあれならフュリーが書くべきじゃないのか?」
フュリーのほうがまだ読める字を書くはずだとは言わず、ロイはそうと思い込めばそう読めなくもない乱雑な文字を見つめた。
「フュリーは一昨日から休暇ですよ。今朝、それ書くの忘れてたって電話かけてきたから急いで作ったんス」
ハボックはくわえタバコを揺らして書類を覗き込んだ。
「大佐、それくらいの字なら判別つくでしょ。いつもすげぇ報告書読んでるじゃねーの」
「まぁな」
くすくす笑うハボックに、ロイもにやりと笑った。毎度殴り書きの報告書を持って偉そうな態度でやって来る小さな錬金術師は、今年は秋の終わりに来たきりクリスマスにも顔を出さなかった。
「今夜来るってことは……ないよな、やっぱ」
ハボックは時計を見上げた。毎年恒例、今夜は独身で恋人もいない軍人達が集まっての年越しパーティだ。それもあるから急いでいるんだ、と思い出したらしく、ハボックはタバコを灰皿に投げ入れて、傍に置いたままになっていたロイのコーヒーカップを取り上げた。
「冷めてるぞ」
「かまわんス。喉乾いた」
そのまま一気に飲み干す部下に呆れた顔で笑って、おかわりは持って来いよとロイが言うと、暇があって忘れてなければねとハボックが笑った。
そのまま部屋を出て行こうとしたハボックは、ふと思いついたように足を止めて振り向いた。
「そーいや大佐は今夜はどうすんですか?たいがいみんな来ますけど」
「私か」
ロイは手にしたペンをインクに浸しながら、ちらりと時計を見た。
「そんな淋しい集いに私が行くと思うか?」
「なんだ、デートですか」
「当然だろう。もう随分前から約束済みだ。今夜から休暇が終わるまで、私はまったく暇じゃない。くだらん用事で電話なんかするなよ」
「あーハイハイ」
ハボックは肩を竦めて足早に出て行った。

待ち合わせまであまり時間がないのは同じ。ロイは報告書の文字の解読を諦めて、サインに専念することにした。






終業時刻から少し過ぎて、ロイがコートを手にすると同時にドアが開いて、ハボックとブレダがすでに着替えをすませた姿でにこやかに手を振った。
「じゃ大佐、よいお年を!」
「また来年会いましょー!」
「ああ、また来年。おまえ達も、あんまり飲み過ぎるなよ」
笑顔で手を振り返してから、そういえばハボックのやつ結局おかわりを持って来なかったと思い出して振り向いたが、開けっぱなしのドアの向こうにはもう誰もいなかった。
話し声とともに遠ざかる足音がする。今夜の幹事はホークアイらしいから、遅れるわけにはいかないのだろう。
まぁいいか、とコートに腕を通して、ロイは手早く支度を済ませて部屋を出た。こちらも遅れるわけにはいかない。なにしろ大事な相手なのだから。




門を抜けると、大晦日の街にイルミネーションが輝き始めていた。買い物袋を抱えた家族連れが通りすぎ、カップルが足を止めてショーウィンドゥを覗き込んでいる。店先から音楽が鳴り響く中、着飾った女達とそれを追うように歩く若い男達のあとをついて歩き出し、ロイはポケットに入れた手に握り締めた小さな箱を意識した。
精魂こめた贈り物のつもりだ。笑顔で受け取ってくれればいいが。
真剣なはずなのに、気を抜くと頬が弛んでしまうのは街の雰囲気に呑まれているからだろうか、とロイは苦笑した。
もう相手は待っているはずだ。急がなくては。

足を早めたロイの目の前に、ちらりと白いものがよぎった。
顔をあげれば、雪がふわふわと落ち始めたところだった。
こんな寒い中、待たせてしまうとは。ロイは寒さが苦手だと言っていた恋人を思い、焦って足を踏み出した。

しかし、目はまだ空を見ていた。
それがいけなかったらしい。目の前に人がいるのに気付かなかった。

どん、という衝撃とともに、ぶつかった相手は地面に転がってしまった。

「すまない、よそ見をしていて」
慌てて手を差し出して、それから驚いて止まった。
「いや、オレも前見てなかったから…」
相手もそこまで言いかけて、驚いた顔でロイを見ていた。

「鋼の……」

エドワードは笑って立ち上がり、目の前の上司に片手をあげて挨拶した。




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