小話
□闇を手探りで歩いていく感覚に似てる
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セントラルに帰ってきてすぐ、その噂を聞いた。
マスタング大佐が結婚するって。
お相手はどっかの将軍の一人娘で、大佐はその将軍には昔から世話になっていて娘とも知り合いで。
娘はとてもきれいな人で、頭もよくて明るくて優しい。
今度はどうやら決まりなんじゃないか。
信じられない、と思った。
だって、マスタング大佐はオレの恋人なんだ。
内緒で付き合ってるから誰も知らないけど、もうずっとそうなんだ。
信じられない。
「やぁ鋼の。いつ帰ってきたんだ?」
執務室に飛び込むと、いつもの笑顔で大佐が顔をあげた。
デスクの上にはたくさんの書類と資料。大佐はペンを持ったままオレを見て、座りなさいとソファを指した。
「定時には終わるよ。食事にでも行こうか」
大佐は書類に目を戻して、仕事を再開した。
オレは言われるまま座って、どう言おうかと迷った。
とりあえず来てしまったけど、心の準備も言葉の用意もしていない。
もしも噂を肯定されたら、どんな顔をしたらいいんだろう。
「鋼の?どうした、顔色が悪いぞ」
大佐がオレを見て眉をひそめた。あわててなんでもないと首を振る。
「………どこか悪いところがあるんなら、早めに医務室に行きなさい。きみは自分の体に無頓着だからな」
大佐は納得してない顔でまた下を向いた。
いつもと同じ。変わらず優しい。
なんとなくほっとして、オレは気を緩めた。
「なぁ大佐」
「なんだ?」
問い返す声も優しくて、表情も変わらない。いつもと同じ。ペンをひたすら動かしながら、それでも聞こうとしてくれる。
やっぱりあれは、ただの噂なんだ。
安心したけど、でもちゃんと聞きたくて。
声を喉から押し出したら、やけにかすれて震えていた。
「あの………結婚、するの……?」
大佐はちらりとオレを見た。表情は変わらず。焦りも戸惑いもなく、ただ肩をちょっと竦めて唇の端で少しだけ笑った。
「なにかと思えば、そんなことか?」
つられてちょっと笑ったような顔になって、オレはうんと頷いた。
大佐はまた書類に戻り、手早く1枚横に置いて次にとりかかった。
「そうだな、そのことはそろそろきみにちゃんと話をしなきゃと思ってた」
書類と資料を往復する瞳は、こちらを見ることなく仕事に集中している。
「…………話?なんの………」
喉が乾いた、と思った。
からからで、舌が動かない。
「なんのって、結婚だよ。するのかと聞いたじゃないか」
さらさらとペンが動き、また1枚書類が横に置かれる。
「今すぐじゃないけどね。そのうちにはするよ。その前にきみとのことを一度きちんとしなくちゃと思っていたんだ」
大佐がそのあとなにか言ってた。
でも、なにも耳に入らなかった。
立ち上がってドアに向かって歩こうとしたけど、膝が震えて足先が冷たくて。
ふらふらと2、3歩歩いたところでよろけてしまった。
「鋼の、どうしたんだ!?」
倒れそうになったオレを抱きとめた大佐は、顔を覗きこんできて真っ青だと言った。
医務室へと言われて首を強く振ると、じゃあこっちにと仮眠室に連れて行かれた。
いつもと同じように、優しくオレをベッドに寝かせて毛布をかけてくれる。
枕を直し、水をコップに持ってきて傍に置き、横に膝をついて座って髪をかきあげてくれる。
大佐、さっきの言葉と行動が違ってるよ。
なんなのあんた。なに考えてんの?
大佐が部屋を出て行って、一人になったら途端にぼろぼろ涙が出てきて困った。
結婚するんだ、やっぱり。
オレとのことを清算して、誰か知らない人と幸せになるんだ。
仮眠室は何度も来た。
何度もここでキスをした。それ以上のこともたくさんした。
何度も、何度も。大佐はオレを抱いて好きだよと言った。
ねぇ、あれ嘘だったの?
それとも、もう全部過去になってるの?
………遊んだだけ、だったの?
答えが怖くて聞けない質問ばかりが頭をぐるぐる回って、吐きそうなほど気分が悪かった。
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