小話
□奇跡の夜に
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年に一度、離れ離れになった恋人が会える日なんだって。
そう言ったのは誰だっけ。アルと同じ顔をした、アイツだったかな。
エドワードは狭い廊下から窓の外を眺めていた。
空に細い月が輝いて、あとは満天の星。
きらきら光る河のように帯状に広がる星を見て、アイツが言ったのだ。
七夕は、神様に嫌われた恋人達が年に一度だけ会うことを許される日なんだと。
エドワードは窓ガラスに額を当てて目を伏せた。
年に一度でも、会えるならいいじゃないか。
顔が見れて抱きあえるんなら。お互いの無事を確かめあって、気持ちを伝えあって。
そんなことができるものなら、年に一度だけだって充分だろう。
「兄さん、まだ寝ないの?」
アルフォンスがパジャマ姿で部屋から出てきて心配そうにエドワードの様子をうかがった。それへ少し笑って見せて、エドワードはもう寝るよと呟いてまた空を見上げる。
この空を、あの人も見ているんだろうか。次元の彼方のあの懐かしい国で、同じ空を見て同じように自分を想ってくれていたら。
「ああ、きれいだね。星が河みたいだ」
アルフォンスも外を見て言った。
「今日、七夕なんだって。恋人達無事に会えたのかな」
あっちにはないお伽噺だよね、とアルフォンスは笑った。寂しそうなその笑顔に、幼なじみの顔が浮かんでエドワードはため息をついた。
寂しいのは自分だけじゃない。懐かしがるのはやめて、少しはしっかりしなくちゃ。
「じゃ、おやすみ兄さん」
ぺたぺたスリッパの音を鳴らしてアルフォンスが部屋に戻った。ドアが閉まる音を聞きながら、エドワードも大きく伸びをする。
ちらりともう一度空を見てから、エドワードは隣の自分の寝室のドアを開けた。
見慣れた殺風景で質素な室内があるはずのドアの向こう。
そこは見覚えのある部屋だった。
正面に大きな窓。広い室内には少しの家具と大きなベッドがひとつ。
窓の傍に立ってこちらを振り向いて驚いているのは。
「たい、さ………?」
思わず呟いて、エドワードはまさかと首を振った。
いるわけがない。あるわけもない。
遠い世界にいるはずのあの人が。遠い世界にあるはずのあの人の寝室が。
呆然と立ち尽くすエドワードへよろめくような足取りで近づいた人は、手を伸ばしながら確かに言った。
「はがねの…………」
幻でもいいと思った。
エドワードはドアを乱暴に閉めて駆け出した。
会いたくて会いたくて、忘れようにも忘れられない恋人の腕が、倒れそうになるエドワードの体を受けとめて抱き締めてくれた。
「……夢か、これは」
ロイが呟いた。まだ信じられない、そう言いながらもさらに強い力で抱き締める。
苦しさよりも嬉しさで、エドワードは息が詰まった。
「……あっちの世界では、今夜は離れ離れの恋人が年に一度だけ会える日なんだって……」
エドワードは夢中で抱き返しながらロイの耳元に囁いた。
「会いたかった。狂いそうなくらい、会いたくて死にそうだった」
「私もだよ鋼の。会いたかった。元気なのか?弟はどうしてる?今、なにをしてどんなところで暮らしているんだ?」
エドワードが答えようと顔をあげると、ロイの唇が言葉を塞いだ。
あとはどちらもなにも言えなかった。
奇跡の夜に感謝しながら、久しぶりに感じるお互いの体温に酔うだけが精一杯で。
朝、目覚めるとエドワードは自分の寝室にいた。
殺風景で、質素な部屋。
アルフォンスが朝食だとドアを叩いている。
幸せな夢を見たな、とエドワードは笑って起き上がり、着替えようとシャツに手をかけた。
そして見つけた。
鎖骨の下、まだ新しい赤い跡。
鏡を見れば、首筋や胸にも散っているだろう。
自分では見ることのできないような場所にも、きっと沢山あるに違いない。
エドワードは赤くなって、それから笑顔になった。
昨夜の奇跡がなんだったのかわからない。
それでも、会えた。
きっとまた会える。
「もー先に全部食べちゃうからね!」
怒鳴るアルフォンスに返事をしながら、エドワードは滲んだ涙をごしごし擦ってベッドから飛び降りた。
END
思いつきです。なにこれ、とか聞かれても、さぁ、としか言えない代物。
大佐の部屋には兄さんのパンツとかが残ってると楽しいです。