小話
□赤い靴のシンデレラ
1ページ/7ページ
呼び出されて西の果てから急いで戻ってみたら、ダンスの教本を手渡された。
「なにコレ」
オレは思い切り睨んでやったが、目の前のアホは涼しい顔で笑っている。
「見てわからんか?ダンスの本だ」
本気で頭を疑った。それが顔に出ていたらしく、傍で見ていた中尉が苦笑して説明してくれた。
「今度の週末、大総統の誕生日パーティがあるのよ。ダンスパーティらしくて、女性同伴でなきゃいけないらしいの」
「またずいぶんと古風なパーティだな」
オレの感想に中尉も頷いたが、まぁ偉いさんのやることはよくわかんない、てことで納得することにした。
「けど、オレは別に招待なんかされてねぇぞ」
「本当なら招待されるはずなんだけどね。だってあなた、郵便どこに出したら届くのかわからないもの」
言われてちょっと下を向いた。旅ばかりだし家はないし。リゼンブールに届いたところで、それをオレが手にするのは何ヵ月後になるだろう。
「そんなわけで、あなたには招待状は行ってないけど。大佐には来てるのよね」
中尉はちらりと大佐のデスクの上を見た。なるほど、それらしき豪華なお手紙が乗っている。
「でもね、大佐に同伴されたい女性がたくさんいすぎて。誰を連れて行っても大変なことになると思うわけ」
中尉がそう言うと、大佐があからさまに得意げな顔をした。このバカ面と一緒に行きたがる女がたくさんって、軍には他に男はいないのか?
「で、あなたにね。一緒に行ってもらおうかと」
「なんでぇぇぇ!?」
オレは叫ぶような声をあげた。
「なんでそーなる?オレ女じゃねーし!誰か適当に選んで連れてきゃいーじゃんか!なぁ、あんたモテんだろ?」
焦って言って大佐を見ると、大佐は無駄に爽やかに笑って意味なく髪をかきあげて見せた。
「誰か一人を選ぶなんて、私にはできないよ。選ばれなかった女性が可哀相じゃないか」
ああ、そっか。こいつ本物のアホだっけ。
相手にするのをやめて中尉を見た。オレの目は多分必死だ。自然と縋るような声になる。
「中尉は?中尉が行けばいいじゃん!ダンス知ってるだろーし、綺麗なんだから大佐もカッコつくだろ?」
「あら、ありがとエドワードくん」
中尉はにっこり笑ってオレの頭を撫でた。それから少し屈んで、正面からオレの瞳を覗きこんだ。
「でも私、大佐のために他の女性たちからの嫌がらせを我慢するほど人間できてないのよ」
「い、嫌がらせとかあんの?」
オレはびびった。女って生き物は理解できない。
「それでなくても大概一緒にいるから、やきもちやかれて色々陰口叩かれたりしてるし。その上ダンスに同伴なんてされたらねぇ」
中尉の目が真剣になった。細められた瞳になにかが光る。それが殺気だとは信じたくなかった。
「まだ彼氏もいないのに、こんなのと噂になったら人生終わったようなもんだわ」
………怖い。
あまりの恐怖に震えながら、オレはがくがくと頭を縦に振りまくって相槌を打った。
中尉はそれを見てまた笑顔に戻った。オレの相槌を同伴されることへの同意と取ったらしい。にこやかに大佐を振り返って、
「エドワードくんはOKしてくれましたわ。大佐、とりあえず練習を」
「そうか。まぁ、世の中の女性を悲しませないためには仕方ないだろうな」
相変わらず気取った顔で、大佐はすたすたとオレのほうへ歩いてきた。
「男と踊ってもな、とは思うが、行けばたくさん女性はいるし。まぁきみと踊るのは最初の1曲だけだから我慢したまえ」
そう言って手を出す大佐に、オレは嫌な顔をした。
「最初だけって、じゃあとはオレなにしてたらいいんだよ」
知らない奴ばかりなところで一人にされても楽しくない。ぼんやりパーティが終わるのを待ってるだけなんてごめんだ。
「もしかしたら他の男が誘ってくるかもしれんぞ」
大佐はニヤニヤして言った。絶対面白がってやがる。
「冗談じゃねぇや」
「まぁまぁ、ほらパーティにはご馳走も出るだろうし。退屈はしないだろう。それに下士官にも招待されているのがいるから誰か知り合いがいるかもしれんぞ」
ご馳走。それを聞いてちょっと気持ちが引かれた。大総統のパーティなんだし、きっと見たことないような料理が出たりするだろう。
オレは差し出された大佐の手をとった。
「じゃ、まぁ今回だけだぞ」
「では中尉、音楽スタート」
大佐が合図すると、中尉が傍のプレイヤーのスイッチを押した。優雅なワルツが流れてくる。
大佐はオレの手を引いて部屋の真ん中に移動し、オレの腰に手を回して踊る態勢に入った。
で、それからオレに言った。
「……じつは、ダンスなんてやったことがなくてね」
「え」
「そういうわけで、女性の足を踏むわけにはいかんから。犠牲になってくれ」
オレが抗議の声をあげる前に、中尉がこちらに向けて広げたダンス教本を睨みながら、まずひと足、と大佐が足を踏み出した。
その足はそのまま、床じゃなくオレの足を思い切り踏んだ。