小話

□ゴミは決められた場所に捨てましょう
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『大佐!兄さんが……!』

悲痛な声のアルフォンスからの電話に、ロイは焦って病院に駆けつけた。

「アル、なにがあったんだ?」
病室の前で待っていたアルフォンスに、ついてきたハボックが声をかけた。
「兄さんが頭を打っちゃって……意識はさっき戻ったんだけど、様子が変なんです」
アルフォンスはうなだれてそう言うと、手で顔を覆った。
「ボクのせいだ……ボクがちゃんと注意してればこんなことには…」
「落ち着けアルフォンス」
ロイは優しく肩を叩いた。
「鋼のはこれくらいのことでは死なんよ。意識があるなら会わせてもらっていいかい?」
「………でも……」
アルフォンスは戸惑うようにロイやハボックを見た。その様子に二人は顔を見合わせて、改めてアルフォンスに向き直った。
「なにかあるのか?」
「兄さんは……」
少し迷ってから、アルフォンスは下を向いて言った。
「兄さんは、部分的に記憶をなくしてるみたいなんです……」
「記憶がない?え、じゃあ会ってもオレのことわかんねぇの?」
驚いたハボックが聞くと、アルフォンスは俯いたまま「会ってみないと……」と呟くように言った。
「いったいなにをしてそんなことに」
ロイの問いに頷いて、アルフォンスは病室のドアを見ながら言った。
「今朝こっちに着いて、そのまま司令部に行こうとしてたんです…でも朝ごはん食べてない兄さんが、お腹すいたって言って果物屋さんでバナナ買って」
「うむ。バナナか」
ロイが重々しく頷いた。
「簡単に栄養をとるにはいい果物だな」
「はい。それで食べながら歩いてて、兄さんてば皮投げ捨てちゃって……」
アルフォンスはしゃがみこんでうつむいてしまった。
「そのとき注意すればよかったんですけど、急ぐからってついそのまま見過ごして……気がついたときには、兄さんその皮踏んで滑って転んで後ろ頭を強打して気絶しちゃってたんです……」
「自分が捨てた皮踏んで転んだのか……」
なんてこった、とハボックが悲痛な面持ちで呟いた。
「やっぱゴミはゴミ箱に捨てなくちゃいけねぇな…」
「そんなことはおいといて」
ロイは顔をあげて病室のドアを見た。
「とにかく会わせてくれないか。様子が見たい」
アルフォンスは立ち上がってドアを開いた。
「どうぞ。会えば思い出すかもしれません」
ロイとハボックは急いで病室の中に入った。





「鋼の!」
「大将!」

それぞれが好きなように呼びながらエドワードのベッドに走り寄ると、頭に包帯を巻いたまま座って窓の外を見ていたエドワードは驚いた顔で振り向いた。
「………少尉。びっくりした!久しぶり!」
「…………へ?」
間抜けな顔でハボックがアルフォンスを振り向いて、どうなってんの?と手振りで聞いた。
「だいたいは覚えてるみたいなんです。ボクのこともちゃんとわかりましたし」
「え?じゃあいったいなにを忘れ…」
ハボックが聞き返そうとアルフォンスに向き直ったとき、エドワードがロイを見つめて言った。

「おっさん誰?」

「……………………」

ハボックとアルフォンスは固まって動けなくなった。病室に張り詰めた空気で耳鳴りがしそうだ。

ロイはしばらく呆然としていたが、ようやく微笑んでエドワードの傍に近寄った。
「ははは、鋼の。私のことを忘れたのかい?」
「忘れてんの?オレ」
エドワードはアルフォンスを見て聞いた。アルフォンスは慌ててがっくんがっくん頷いた。
エドワードはロイを見上げて考えこんだ。
「えー………わかんねぇ。あんたオレの知り合いなの?」
「…………そうだよ」
ロイは辛抱強く笑顔を作って言った。生まれてこのかたこんなに忍耐力を酷使したことがあっただろうか。しかしハボックなんぞを覚えていて私を忘れるのは許せん。
「アル、どーゆうことだよアレ。大将ってばほんとに大佐のことだけ忘れちゃったの?」
ひそひそとハボックが尋ねると、アルフォンスは首をかしげて考えながら答えた。
「ボクにもよくわからないんですけど、なんか嫌なことだけそっくり忘れてるようなんです。嫌ってゆーか思い出したくないことだけ」
「………早く言えよソレ」
こそこそ話す二人を無視して、ロイはエドワードに思い出してもらおうと必死だ。
「ほら、きみを訪ねてリゼンブールまで行って軍属を勧めただろう」
「あんただった?アレ。ホークアイ中尉じゃなかったっけ」
……中尉は覚えているのになぜ私を忘れているんだ。
ロイはエドワードとの数少ない思い出を必死に手繰った。二人で事件を解決したこともあったはずだ。執務室で二人きりで話をしたこともあるはず。なのに、悲しいことに一方通行な片想いで避けられ続けていた彼にはこれという決定的な思い出が見つからない。

そう、ずっと片想いで。

告白するたび逃げられ続けて。

ロイはにやりと笑った。

「アルフォンスくん、ちょっと」
アルフォンスがそっちを見ると、ロイが笑顔で手招きしていた。
アルフォンスが近寄ると、ロイはその耳になにごとかを囁いてにっこり笑って、またエドワードに向き直った。
「鋼の、なにがなんでも私を思い出してもらわないと。式が挙げられなくなる」
「式?」
エドワードが首をかしげるようにしてロイを見つめた。その金色の瞳に一瞬怯んだロイは、それでもまっすぐ見つめかえしてにこにこと頷いた。
「そうだよ。きみは私の婚約者だからね」



一瞬後、エドワードの悲鳴が病院中に響き渡った。



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