小話

□初めての夜
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「どうしよ…」

降りしきるシャワーの雨の中で、エドワードはしょんぼり立っていた。
外の部屋には大きなベッドに座ったロイが、自分を待っているはずだ。
早く出なきゃ。でも出たくない。
どうしよう。



付き合い始めて半年。ロイの何度目かの誘いに、まぁいいかなぁとようやくついてきたエドワードだが、初めて入るホテルに緊張し部屋に入って緊張しロイの自分を見る目がいつもより熱っぽいことに緊張し。
やっとバスルームで一人になれて、ほっとしたのも束の間。
バスルームという場所は入ったら出なくてはならない。
出たらロイが待っている。先にシャワーをすませたロイは今ごろ待ちくたびれているに違いない。
いっそのこと寝ててくれればいいのに。

「なんかオレ、胃が痛くなってきた…」

エドワードの乏しい知識によると、出たらまた裸になるはず。だったら出ていくときは何も着ないでいたほうがいいのか?
前に観た映画ではそーゆうシーンでは女優さんはみんなバスタオルを体に巻いていたが、自分もそうするべきか?しかし隠さなければならない胸は自分にはないのだから無意味な気がする。
てゆーかそもそも自分は女優さんの立場なのか?男なんだから違うのでは?
いやでもあーゆうのってどっちかが女役になるんだよね?だって普通は男同士じゃやんないし。

エドワードは考えすぎて頭がくらくらしてきた。
いったんシャワーを止め、バスタブに腰掛けて鏡を見てまた悩む。

なんでこんなにでっかい鏡がついてんだ?浴室全部映す必要あるの?
てか大佐はオレのこの手足見てどう思うかな。ほんとにこれでよかったのかな………。

いかん、思考がずれてる。エドワードは首を振って余計なことを頭から追い払った。

で、タオルだが。
腰に巻いて出るか?でもなんだか微妙に違う気がするし。
やっぱ服着て出ようか。でもそれもなんだかなぁ。

わからない。お手上げ。

エドワードはため息をついてまたシャワーの栓をひねった。






ロイはバスルームのドアを見つめていた。
エドワードが入ってから1時間以上経つ。まだドアが開く気配はない。
長すぎる。のぼせてしまったのでは?そう思って声をかければ返事はちゃんと返ってくる。
どうしたんだろう。まさか今さら嫌になったとか?

確かに誘ったときは多少強引だったと思う。が、エドワードは初めてなのだ。強引なくらいじゃなきゃうんと言ってくれなかっただろう。
今になって怖くなったか嫌になったかして、出るに出られず困っているのではないだろうか。

ロイは自分の想像に慌てた。そりゃ我慢していたんだから今すぐにでも恋人とベッドに入りたい。が、嫌がっているのを無理にとまでは思ってなかった。
それならとうに押し倒している。それをしないのは、エドワードが納得した上で幸せな初夜を迎えたいと思ってのことだ。

遊びで終わるつもりは毛頭ない。ロイなりにエドワードを大事にしたかった。

「鋼の、大丈夫か?」
もう1度聞いてみた。
「大丈夫!えっと、髪もっぺん洗うから待ってて」
いささか慌てたような声だが、しっかり返事をするからには大丈夫なのだろう。ロイはベッドの傍のソファに座り直して、またバスルームを眺めて悩み始めた。
エドワードはやはり自分と寝るのが嫌になったのでは。髪なんて洗うのにそんなに時間がかかるのはいくら考えても変だし。

まさかタオルの巻き方や男役女役で相手が悩んでいるとは思いつきもせず。
ロイは29年の人生で初めてといっていいくらい、真剣に悩んでいた。






そっとドアを開けて、エドワードは頭を出して部屋の様子をうかがった。
眠っていてほしかったロイはがっちり目を開けていて、すぐに視線がぶつかってしまう。

「鋼の!」
ロイが立ち上がって駆け寄ってきた。
「どうしたんだ、遅かったな。大丈夫か?」
「う、うん」
エドワードは目を伏せて答えると、決心したようにドアから出てきた。
ロイが着ているホテルのバスローブと同じものを着ている。散々悩んだ末、同じなら無難だろうとコレにしたのだ。決まるまでは本気でバスルームに住もうかと考えたくらいだった。
ロイはその姿がろくに目に入らなかった。エドワードの金色の瞳だけを見て、優しく頬に手をのばす。
「鋼の、今夜は一緒に眠るだけでもいいよ。きみが嫌なら、その気になるまでいつまでも待つから」
必死で考えたロイの言葉だったが、エドワードはそれにびっくりした顔をして自分にのびてきたロイの手を握った。
「え、大佐やっぱ嫌なの?」
「嫌ってなにが」
ロイもエドワードの手を握り返して聞く。
「オレ、手足コレだし。女じゃねーし、やっぱり嫌かな。大佐、今まで女の人とばっか付き合ってたんだろ?オレこーゆう経験もねーし…つまんなくなった?」
「そんなことはない!」
ロイは急いで否定した。
「いや…鋼のがあんまりバスルームから出てこないから、もしかして私と寝るのが嫌になったのかと……」
「……いや…オレ…なに着て出ていいんかわかんなくて……」

しばらく顔を見合わせて、先にロイが笑い始めた。
なんで笑うんだよ、と怒ってみせてからエドワードも笑い出す。
緊張していたのは自分だけじゃなかったらしい。それがおかしくて、二人はしばらくくすくす笑った。

「鋼の、きみはどんな姿でも可愛いよ」
笑いを含んだ声が耳元に響いて、エドワードは嬉しくなった。可愛いなんて言われて喜ぶなんてどうかしてる。

頬を染めて自分を見上げるエドワードに、ロイは頭の中にウエディングベルが鳴るのを聞いた気がした。こんなに一生懸命なエドワードに不安になるなんてどうかしていた。

だけど、いつもの自分でいられないのは仕方ないだろう。
なにしろ今夜は、初めてお互いの気持ちを確かめ合う夜なんだから。


エドワードにこれ以上ないくらい優しくキスをして、ロイは部屋の明かりを消した。




「なぁ、女役やんのやっぱりオレ?」
「………当然だろう。それともきみは私がやるのを見たいのかね」
「見たくねぇ」

それから、やっと部屋は静かになった。




END,



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