小話

□どうにもなんない
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「やめてくんねぇ?そーゆうの」

冷たく言ったつもりだが、相手にはさっぱり通じてないらしい。にこにこしながら「なにが?」とか聞いてくる。
「だからー、オレが来るたびくだらねぇ冗談言うのやめろってんだよ」

ロイの執務室でソファーにふんぞり返って、エドワードは唇を尖らせた。ロイは隣に座って相変わらず笑顔でこちらを見つめている。
「冗談、とは?」
「付き合ってくれとか結婚してくれとかさ、男に言う言葉じゃねぇだろ」
「ああ、それで」
ロイは笑顔のまま頷いた。
「きみはいつも怒っているわけだ」
「うるせぇ。好きで怒ってるわけじゃねぇよ」
エドワードはぷいっと顔をそむけた。
「アンタが怒らせるんじゃねーか。冗談が笑えるのは最初だけだぞ」
ロイは向こうをむいたエドワードの顕になった首筋に指を滑らせた。途端にばっと手でそこを覆ってエドワードが振り向く。
「だからぁ、いい加減にしろって…」
「冗談は言ってないよ」
「………」
口元はやはり微笑んだままだが、漆黒の瞳は真剣に自分を見つめている。エドワードは気圧されて黙ってしまった。
「冗談でそんなことが言えるほど器用じゃない。本気で言ってるんだ、鋼の」
「…………でも」
やっと絞り出した声が頼りなくて、エドワードはまた黙った。ロイはその髪に手をのばして三つ編みを優しく握った。
「恋人になってもらいたいし、その延長線では結婚も考えてほしい。恋愛感情は男でも女でも変わらないだろ?」

ロイの声があまりにも静かで、エドワードはどうしていいかわからなくなった。ロイがいつも挨拶のように口説いてくるので、てっきりからかっているのだと思っていたのだ。

どうしよう。ほんとに本気で言ってるんなら、オレは……。

いやいや。エドワードはぶんぶん首を振った。
「男同士だろ!寝言は寝て言うもんだって聞いたことないんか?」
流されまいと強い口調で言ったが、相手は勝ち誇ったように笑みを深くした。
「男同士でできないのは妊娠だけだよ、鋼の」
「に…」
具体的な言葉に頬が染まるのがわかって、エドワードは下をむいた。
「……えっと、でも…」
「することはちゃんとできる。証明してあげようか」
ずいっと詰め寄られて、エドワードは慌てて後退した。が、ソファーの隅に追いこまれた格好になって後がない。
「いや無理。できないから」
「だからできるかどうか証明すると言ってる」
「じゃなくて!オレ的に無理って言ってんだ!」
エドワードの手がロイの腕や胸をぐいぐい押す。あっち行け、の意思表示のつもりだが、手をつかまれて身動きがとれなくなった。

ムカつく。なんでこんなに近くにいるわけ?コイツ。おかげでコイツの顔しか目に入らなくなっちゃってるじゃんか。

たちの悪い冗談だと思ってた。だから聞き流せていたのに。こんなに真面目に真剣に、いつもと全然違う雰囲気でそんなこと言うなんて卑怯だ。
だってアンタ………

「そー!アンタすげぇタラシだって噂じゃん!」

魔法がとけたみたいに声が出る。また流されかかっていた、とエドワードは強引に腕をふりほどいた。
「そーやって口説いてんの?勉強にはなったけど、男相手じゃ無駄だね」
「心外だな」
ロイはすました顔で、ふりほどかれた手をエドワードの肩に持っていった。そのまま小さな体を押さえこんで、逃がさないとばかりに顔を近付ける。
さっきよりさらに近い距離に、エドワードの心臓は破裂寸前に高鳴った。
悟られまいと目をそらしたが、きっともう気づかれてる。
「私はきみ以外の誰かを口説いたことはないよ」
「けど、聞いた話じゃ…」
「女性は口説かなくても寄ってくるからね。こんな手間をかけたことはない」
「……………ああそうですか…」
どこまで自信過剰なんだ。
「手間かけるのがイヤなら、オレなんかほっとけよ」
むすっとして言うエドワードの頬に、ロイが唇を寄せて笑った。肌が吐息に触れて粟立つ。たちまちエドワードの顔中が赤く染まった。

「わからないかな。手間をかけても欲しいと思ったのはきみだけだ。そういう意味で言ったが、伝わらなかったなら悪かった」

お子様だって言いたいのかよ、とか思ったけど。

もうどうでもいい、とエドワードは目を伏せた。
情けなくも足が震えていたが、今さら隠そうとしたってコイツはもう知ってる。

黙り込んだエドワードの唇に、ロイのそれが触れる。

もういい。もうどうにもなんない。オレの負け。


エドワードはもう、抵抗しなかった。



言いくるめられたんじゃないか、と思ったのは翌朝。
だが、気づいてももう。


どうにもなんない。




END,
 

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