小話

□言葉だけじゃ信じられない
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「…でね、そのお芝居が素晴らしくて…」
「そうですか」
「俳優さんがとても素敵な方で」
「そうですか」
しゃべり続ける将軍の娘に適当に相槌を打ちながら、私は苛々していた。
食事が済んで、もう2時間。街を案内なんて言われても、こんな時間に見るべきものはない。映画館もなにもかも閉まっていて、開いているのはせいぜいバーかラブホくらいなものだ。
それを知ってのことなんだろうか。私をなんだと思っているんだ。誰でもよかったのは昔の話で、今欲しいのはあの子だけだというのに。

そのとき、ふと視界を掠めた金色があった。
見間違うはずはない。闇にあっても輝く、あの金髪と金瞳。
そちらをもう一度見ると、鋼のが雑踏の向こうからこちらを見ていた。

もしかして嫉妬してくれているのか。
そう夢見たのは一瞬。
彼は私ににやりとして見せ、口の形だけで頑張れよと激励してからすぐに歩き出した。

がっくりする暇もない。

彼は近くにいた誰かと笑い合い、そのまま一緒に歩いてどこかへ行くではないか。

ちょっと待て。それは誰だ。

彼は振り返ることもせずに、連れとまた笑い合う。彼より少しだけ高い背丈と長い髪を見ると、彼の連れも女性らしい。

「あの、どうかなさいましたか?」
声をかけられて、隣の女を思い出した。だが、そんなものに構っていたら彼を見失ってしまう。
「申し訳ありません。急用ができてしまいました」
早口に言うと、女はがっかりした声をあげた。きっと顔もそんな表情なのだろうが、私の目は遠ざかる鋼のに釘付けだから見えない。
「それなら、仕方ありませんわね。なにか事件でも?」
さすがに将軍の娘だけあって、聞くことが違う。私は頷いた。

「私の恋人が誰かと歩いているのを発見したんです。追いかけなくては」

「まぁ、大変!」

頑張ってくださいね、と励ましてくれる娘は、ふと気づいたように言った。
「それで言えばマスタング様もひとのことを言えない状況なのではなくて?」
返事ができない。
私は駆け出した。



しばらく走ってようやく追いついた鋼のにどう声をかけようかと迷っていると、彼は自分のアパートに入っていった。
もちろん、連れの女も一緒に。
ほどなく彼の部屋に明かりがつく。
カーテンは閉められているので中の様子を窺うことができず、想像ばかりが膨らんでいった。

男の部屋に平気でついて行くとは、どんな女なんだ。ていうか鋼のには彼女がいたのか。なんてことだ、私というものがありながら。これは裏切りではないか。彼は私の恋人になると言ったはずなのに。
二人きりの部屋は、明かりがついたままなんの動きもない。なにをしているんだ。まさか入るなりいきなりピーとか、それからピーとか、もしかしてピーもしてるんじゃないのか。ダメだ、それは私が鋼のとしようと思って楽しみにしていたんだぞ。

想像の中の二人はもうえらいことになっていて、私はいてもたってもいられなくなってアパートに駆け込んだ。

彼の部屋のドアを急いで叩く。加減なんてできない。ドアは壊れそうに軋んで激しく鳴った。
「誰だコノヤロー!そこ動くな!」
鋼のがドアを蹴破りそうな勢いで飛び出てきた。
「鋼の!」
「た、大佐?」
拳を固めたファイティングポーズの鋼のが、真ん丸な目で私を見つめた。彼はいまだに私を大佐と呼ぶ。それが可愛くて仕方ないので、あえてなにも言わないことにしている。
「鋼の!きみは私を捨てる気か!」
「…………は?」
驚く彼を部屋の中に押し込んで、ドアを閉めた。女は奥にいるらしい。

「私は何度も言ったはずだぞ!きみは私の恋人なんだ、他の誰にも渡さない!」

「なに言ってんだ、大佐。ちょっと落ち着け。あんたデートはどうした」

「そんなもの放り出してきた!それよりきみこそ、用事があるとか言っておいて浮気か!」

「う、浮気って…」

「相手はどこだ!私が燃やしてやる!きみは私のものなんだ、絶対別れてなんてやらんからな!」

情けないセリフだと思う余裕はなかった。鋼のは驚きに声も出ないといった顔をして私を呆然と見つめている。

「こんな時間に二人きりで、なにをしてたんだ!ピーか?ピーなのか?きみとピーしてピーでピーなのは私だけだ!きみのピーは私がピー」

「伏せ字だらけじゃねーか!」

鋼のが怒鳴るが、私は止まらない。愛しい彼の貞操は私だけのものなのだ。女にも男にも、誰にもやらない。

「死にたいらしいですわね」

部屋の奥から、聞きなれた声が冷たく響いた。

思わず黙る私の耳に、これまた聞きなれた銃の安全装置が外される音が静かに聞こえてくる。

恐る恐るそちらを見ると、我が麗しのホークアイ中尉が無表情に銃を構えて私を狙っていた。

「エドワードくん、安心して。この息をする猥褻物は私がすぐに片付けるわ」

「………中尉………きみだったのか、鋼のの相手は」

「は?」

銃を向けられて怯んだのはほんの数秒だった。
私はまた鋼のに向き直った。

「鋼の!なぜ中尉なんだ!私より中尉を選ぶのか!こんなに愛しているのに!」

「いや、ほんと。少し落ち着けよ大佐」

「これが落ち着いていられるか!恋人が他の女とピーでピーなピーだというのに、どうして…」

そこまで言ったとき、すぐ側の壁に小さな穴が開いた。

「黙れ変態」

「……………」

仕方なく、私は黙った。




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