リクエストとか

□待ってて
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「昨日、悪かったな」
ハボックが鋼のの頭を撫でて言った。
「ちょっとしゃべったら、あっという間に人数増えちまってよ」
「いいよ、もう」
鋼のは手すりに凭れて笑った。
「代わりに大佐に連れてってもらったし」
「大佐に?」
「うん。奢ってもらっちゃった」
そりゃよかったな、とハボックが笑う。
そうじゃないだろう、バカかおまえ。そこは多少でも妬いてみせなきゃダメだろう。
私は聞きながら苛々した。ハボックにはその気はないのかもしれないが、鋼のはおまえを気にしているんだ。好きなんだぞ。なにか言ってやったらどうなんだ。
ハボックは煙をぷはっと吐いて、そういえばと言った。
「大佐、昨日は忙しそうだったけど。残業じゃなかったのか?」
「うん、遅くまで仕事してたよ。それから行ったんだ」
「待ってたのか?」
「うん」
ハボックはタバコを踏み消した。
「なんか、悪かったなぁ。オレのせいかな」
「そんなことねぇって。そんでね、今日…」
鋼のが笑ってそう言いかけたら、ハボックが頷いた。
「昨日のお詫びってわけでもねぇけどよ。今日、どっか行くか?飯くらいなら奢るぜ」
あんま高いとこは無理だぞ、と笑うハボックを、鋼のは驚いた顔で見上げていた。



私はそのまま階段を降りて部屋に戻った。副官が積み上げた書類を眺めて息をつき、椅子に座る。もう、急いで仕事を終わらせる必要はないのだ。

鋼のはハボックが好きで、昨日は奴との約束がダメになったから私について来た。
いくらハボックがバカでも、2日続けて同じことはやらんだろう。だったら今日は、鋼のは奴について行くに違いない。
私について来る理由がない。

これが普通だと思うのに、寂しく感じるのは昨日彼と二人きりで過ごした時間が私の中で特別だったからだろう。
嬉しかったし、幸せだった。金色の瞳に私だけが映るのを見るのは、天に昇るような気分だった。

それで充分じゃないか。

それからペンを取って書類に向かったが、定時をはるかに回っても書類は半分も減らなかった。









書類にサインをして横に置き、ついでに時計を見た。午後8時。なんとなく腹も減ってきた。
ちらりと残りを見てから立ち上がった。食堂にでもと思ってから、金色の子供を思い出す。
今頃、ハボックと二人で食事中だろうか。
楽しんでいるだろうか。
余計な世話なのは知っているが、それでも考えてしまう。好きな人には笑っていてほしい。それが自分のためでなくても、幸せならそれで。

執務室を出て食堂へと歩き出し、隣の部屋を通り過ぎた。

そして慌てて戻り、ドアの隙間から見えたものを確かめる。

椅子に座って資料をめくる、金色。

「………鋼の?」
なぜいるんだ。そう問おうとした私を、資料から顔をあげた鋼のが見た。
「大佐、仕事終わった?」
「いや、まだ……ていうかきみ、どうしたんだ。ハボックと一緒じゃなかったのか?」
「少尉はとっくに帰ったよ。てかなんでそんなこと聞くの」
怪訝そうな彼の顔を見て、しまったと思った。立ち聞きしてたなんて知られたら軽蔑されてしまう。
が、誤魔化す言い訳が出てこない。
「………屋上で休憩しようとしたら、きみたちがいて…」
仕方なくそう言うと、鋼のはなるほどと納得して頷いた。
「なにか約束していたみたいだったから。てっきり、もう行ったものと思ってたんだ」
「なんでだよ」
鋼のは眉を寄せた。
「だって、大佐が一緒に飯食おうって言ったんじゃんか。だから待ってたのに。もしかして、忘れてた?」
「いや!まさか!」
忘れるはずない。私は首やら手やら、振れるところを全部振って否定した。
「いや………でも、きみはハボックと行くのかと思ったから……」
「大佐と約束したのに、黙ってそんなことしねぇよ。用事ができたらそう言うし」
鋼のは資料を書棚に戻した。
「どっか行くとこだった?今」
「ああ、まぁ……食堂にでも行こうかと………」
言って、それから慌ててつけ足す。決して忘れていたわけではなく、今日は一人かなと思っていたからレストランの予約もしてなくて。言い訳をする私を見つめ、鋼のはそうかと言って傍に来た。
「じゃ、食堂行こうよ。オレも腹減った」
「今からでも、どこか電話をすれば席は取れると思うが」
「まだ仕事終わってねぇんだろ?だったら出かけちゃまずいじゃんか」

昔、よく女性とデートをしていたときは必ずレストランを予約した。なるべく高級ぽくて洒落た店をと雑誌などを調べまくり、ボーイが傍に畏まるような店内で味よりも見た目に拘った料理と値のはるワインで相手をもてなした。私が付き合った女性たちはみなそういうのが好きだったし、そうでなければ満足しなかった。

そういう付き合いしかしたことがなかったから、彼もそうだと思っていた。名前が知れて予約なしでは入れないような店に連れて行くことが、エスコートする立場の私の責務だと思っていた。

「ここのエビフライ、でっかくて旨いんだよな!」
くたびれた軍の食堂で、ヤニで汚れた照明の下で。長テーブルと丸椅子しかないそこで安い定食を頬張る鋼のの笑顔は、昨日レストランでコース料理を食べていたときのものと変わらなかった。厨房からは皿を洗う音とパートのおばさんたちがしゃべる声が賑やかに聞こえて来るし、皿はもちろん水もセルフ。グラスではなくコップ。食後には東方名物の薄いコーヒーが待っている。そんな場所でもにこにこと嬉しそうな彼に、私は自分が思い違いをしていたことを知った。

「美味しいね、大佐」

ああ、ほんとにね。

高級じゃなくても、洒落てなくてもよかったんだ。

本当に好きな人と食べるなら、どこでなにを食べたって最高に旨いに決まっている。




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