小話

□きみと、このまま
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「……よし、じゃ仕方ねぇ。結婚しようか」
エドワードが立ち上がった。
「したくないから悩んでるんじゃないか」
ロイが恨みがましくエドワードを睨むと、エドワードはにっこり笑って頷いた。
「うん。オレも嫌だ」
「だったら…」
「まぁ落ち着け。要は同性で結婚したいけど踏ん切りつかねぇ連中の、なんつーか。弾みというか、見本というか。そんなのになればいいんだろ?だったら、オレ達のあと何組か結婚すればもう用済みだ。そしたら離婚すればいい」
エドワードはうんうんと頷いてロイの肩を叩いた。
「それまでに昇進して部下をこっちに呼べばいいじゃねぇか、マスタング大佐」
「………そしたら、戸籍に離婚歴がつくぞ」
ロイは戸惑いながらエドワードを見た。
「私は別に構わないが、きみはどうなんだ」
「オレ?別にいいぜ。いまどきバツイチなんて普通だろ?そんなもんに拘るなんて男じゃねぇぞ」
胸を反らして威張る子供に、ロイは思わず笑った。ナリは子供だが、中身はずいぶん男らしいようだ。
「わかった、鋼の。きみの提案に乗ろう」
「多分それしかねぇな。しょうがねぇから今だけ我慢してやるよ」
にやりと笑った子供と握手を交わし、ロイはブラッドレイの前へ戻った。



結婚すると言ってからは、ロイは周囲がめまぐるしく変化するのについていくのがやっとだった。昇進が決まり、執務室の引っ越しと引き継ぎをして、地方から馴染みの部下を呼んで自分の下に置いた。家も引っ越し、単身者用の狭い官舎から一戸建てになってエドワードの荷物が運び込まれた。すぐにでも同居するのかと思ったが、エドワードは首を振った。
「仕事もあるしさ。それにあんただって結婚するまでは遊びたいだろ?」
その遊び相手の女性は新聞を見たり噂を聞いてみんな潮が引くようにいなくなっていた。それを言うと、エドワードはすまなそうにロイを見た。
「いいのかよ、女みんな逃げちまって」
ロイは肩を竦めて笑って見せた。
「こんなことで逃げるような女には用はないね。離婚したら次を探すさ。私はこう見えてもモテるんだぞ」
「知ってるよ。噂じゃとんでもねぇタラシとか。あんたと目が合うと妊娠するとか聞いたぜ」
「それはすごいな。だがあいにくまだ失敗したことはないよ」
言いたいことを言う生意気なエドワードに、ロイも遠慮なく好きなことを言う。明るくてよく笑い、口が達者で頭もいいエドワードとの付き合いは悪くなかった。
すぐに結婚式の日がきて、ロイはたくさんの人々の前で誓いの言葉を口にした。キスをと言われて向き合ったエドワードが悪戯っぽく笑うので、つられて笑わないようにするのに苦労してその頬に唇を当てた。

「本当に結婚なさるとは思いませんでした」
式の翌日に出勤すると、東部から呼んだ副官が感心したように言った。
「中央に来て、ずいぶんお変わりになられたようですね」
「まぁね」
ロイは苦笑した。まさかきみ達を呼ぶために結婚したとは言えない。言えばこの真面目な副官は絶対怒る。鷹の目を名前に持つホークアイ中尉は、そういうふうな呼ばれ方は納得してくれないだろう。
「私もいつまでも遊んでいるわけにはいかないしね。もう30だし、頃合いだろ?」
「そうですね」
ホークアイは頷いた。だが、まだなにか言いたそうだ。話題を変えるかとロイが考えたとき、執務室のドアが開いてハボック少尉が顔を出した。ロイと一緒に中央に来て、違う佐官の下にいたのをようやく呼び戻した部下だ。
「大佐、じゃなかった。准将、奥様が来てますよ」
「奥様?」
ロイは一瞬考えてから、エドワードのことかと気がついた。同居は今夜からで、まだ実感がない。
「ほらエド、こっち」
ハボックはエドワードとは知り合いらしかった。仲のいい兄弟のようにじゃれているのをロイは何度か見たことがある。
「うっす准将!」
勢いよく飛び込んできたエドワードに、ホークアイが笑顔になった。
「いらっしゃい、エドワードくん」
「中尉!こんちは!」
エドワードは面食いらしい。美人なおねぇさんに駆け寄って、お昼まだなら一緒に行かない?なんてナンパしている。
「旦那様はいいの?」
「ダンナ?ああ、アレ。いいよ、どーせ書類に埋もれてそれどころじゃねーし。オレ、中尉と飯食いたい。ダメ?」
可愛らしい外見をフルに活用したエドワードの誘いには、鉄壁のガードを誇るホークアイも勝てないようだ。ロイはため息をついた。
「待て、鋼の。私になにか用事があるんじゃなかったのか?」
「ん?いや、ないよ」
エドワードはにっこり笑った。
「准将がいれば中尉もいるだろって思っただけ」
「あら、お目当ては私なの?」
ホークアイはくすくす笑った。弟を見るような瞳には慈愛が満ちている。どうやらずいぶんエドワードを気に入っているらしかった。
エドワードはドアに向かいながら、ちらりとロイを見て笑った。
「あんたはさっさと仕事片付けなよ。早く帰ったら飯作ってやるから」
「……飯?」
ロイは驚いた。
「きみが作るのか?」
「当たり前じゃん。今日からあんたんち行くからさ。待ってるから早く帰れよ」
エドワードはそう言って、ホークアイと連れだって食堂へ向かった。
ロイはそれを見送って、ぼんやりと自分の椅子に座った。

飯作ってやるから。

早く帰れよ。

なんだか、本当に結婚したみたいだ。

「仲いいスねぇ、准将」
ハボックはにやにやしながらタバコに火をつけた。ずっと中央にいてエドワードとも知り合いなだけに、事情は知っている。
「惚れちゃダメですよ。いずれ別れるんでしょ?」
「誰が惚れるか、あんなガキに」
ロイは肩を竦めて、書類を手に取った。
「昼飯はここで食う。持ってきてくれ」
「あいよ」

ハボックが出ていくのを待ってロイは息を吐いた。

誰が。惚れるなんてあるわけない。あれは子供で男だ。結婚は形だけなんだから。

それでもなんとなくサボる気にはなれなくて、ロイはそれから書類の山がなくなるまで休憩を取らなかった。
「では私はこれで。また明日」
副官が驚愕に目を見開くのを横目に、ロイは定時に司令部を飛び出した。

早く帰れよ。

そんなこと言われたのは、初めてだ。

緩む頬を引き締めながら帰宅すると、玄関を開けると同時におかえりと声がする。
「うわ、マジ早ぇ!まだ飯できてねぇぞ!」
ばたばた忙しくキッチンで働くエドワードを見て、テーブルの上に料理の本なんか開いてあるのを見て。

ああ、結婚したんだ。

ようやく実感して、それがまったく嫌じゃなくて。

計量スプーンを片手に本を睨むエドワードをぼんやり見つめながら、ロイは自分で自分に戸惑っていた。



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