小話1

□全身で、(『きみに、恋をした』その5)
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戸惑う私達をよそに、上司は今度はブレダ少尉のダイエット失敗談を語って聞かせている。くすくすと笑う少年は上司の腕にすっぽり納まっていて、なんだか慣れている様子だ。司令部ではあれほど上司が構うのを嫌がるのに。照れ隠しだったのかしら。

「あ、そーいやこないだ南の街でさ」
少年が元気な声で言う。鎧の弟が野良猫をお腹に隠していたらしい。しかも10匹。怒ったら飛び出してっちゃってさぁ、と話す少年に、上司は頷きながら笑っていた。


思い出してみれば、この子が来てみんなと話をするときに、いなかった間のことをよく知っていることが多かった。先手を打ってからかったり、新しく来た部下の名前を知っていたり。
いつもこうして話をしていたのか、と私はなんとなく微笑ましくなった。さぼるふりをして駅へ迎えに行く上司と、離れていた間の出来事を交互に報告し合って。連れ立ってのんびりと、まるで散歩のようにゆっくり歩きながら。

司令部でよく見る喧嘩や言い争いなど、垣間見ることもできない。二人は本当に仲のいいカップルに見えた。お互いを見つめ合い、普段よりずっと甘くて優しい声で話し、寄り添って体温を分け合って。
二人の全身から、相手を想う気持ちが伝わってくる。

「そういえばアルフォンスはどうした?」
優しく問う上司に、金色の頭がちょっと揺れた。
「あ、今はリゼンブールに行ってて……明後日こっちに来る予定なんだ」
俯く金色に、上司はそうかとだけ言った。
シフトでは上司は明日は休みだった。だから山のような書類を今日中に片付けてもらわないと困るのだが、今はそんなことを言える雰囲気ではなかった。
上司の休みに合わせてわざわざ一人でここに来たということは、エドワードくんはつまり大佐とデートするために来たということで。
いったいいつからそんな関係に、と驚く間にも、二人はまたおしゃべりを始めた。今度の話題は私がこないだ他の部署の人からもらったラブレターについて。丁重にお断りしたのだが、あの現場をコレに見られたのは失敗だった。あの中尉に告白とは、なかなか勇気のある男だなと上司が笑う。どういう意味なのかと襟首をつかんで揺すりたいのを必死に押さえた。

ふと隣の少尉が立ち止まったので、つられて私も止まった。黒と赤の恋人達は、ゆっくりと少しずつ人波に紛れて遠くなっていく。
それでも、その後ろ姿からはお互いに対する恋心が溢れるみたいに見えていた。好きだ、と全身で叫んでいる。いくらさぼり中の上司でも、声をかけることはできなかった。たくさんの障害がある二人がようやく作った二人だけの時間なのだ。邪魔をしても嫌な顔はされないのはわかっていても、やはりできない。上司はともかく、あの子のために。


隣ののっぽの部下をちらりと見た。初めてあの子に会ったときからずっと恋をしていた彼に、かける言葉を探したけど見つからない。
どうしよう、と思っていたら、少尉がこちらを見て笑った。
「中尉、あんたがふられたみたいな顔してますよ」
そう言ってまた私の額をつつく。皺になるぞとからかう彼に、ちょっと泣きそうな気分になった。
「そんな顔しないでくださいよ。ケーキ食べに行きましょ」
さっきのチラシをまた見てあっちを曲がればすぐでしょうと歩き出す少尉に慌ててついて行くと、少尉は私を振り向いてすまなそうに笑った。
「知ってたですから。心配しないで」
え?と顔をあげる私に、また少尉は笑って見せる。

「あいつら、しばらく前から付き合ってましたよ。知ってたんです。大佐に相談されたから」







大佐は少尉を呼び出して、エドワードくんと恋人として付き合いたいと言ったらしい。エドワードくんの気持ちに気づいていた少尉は、いいんじゃないかと頷いたそうだ。

「そりゃあね、寂しかったけど。オレはあの子が幸せになるなら文句はないし」

そう言って、強がりではなく笑う少尉はほんとに優しいと思った。優しくて強い。

「ケーキ屋はさ、別にあの子のためじゃなかったんスよ。今日中尉も休みだったから、暇かなと思っただけで」

休みに一人でいるってのも、なんか寂しいじゃないですか。そう苦笑して言う少尉の青い瞳が胸に痛かった。

エドワードくんにはわからないはずはなかっただろう。少尉も全身で、エドワードくんが好きだと言っている。悩んだ末に出した結果にまた悩んだかもしれないが、今はあんなに幸せそうだ。きっともうこの3人の中では終わったことになっているのだ。部外者の私にはどうすることもできない。

できないけど。

「少尉、ゴハン食べに行きましょ!」
「へ?」
「それからちょっと飲みましょうよ。奢るわよ」
「………えーと……いや、女性に奢らせるわけにはいかんでしょ」
少尉は笑ってタバコに火をつけた。
「オレがいつも行くとこでよけりゃ安いとこ知ってますから。今日のとこは割り勘で」
給料入ったら奢りますから、と言って少尉は歩き出した。

人は全身で恋をするらしい。エドワードくんも大佐も、少尉もそうだ。
では私はどうなんだろう。まだそんな恋はしたことがない。子供のエドワードくんに先を越されてしまったようだ。
でも、今からでも遅くない。

もうちょっと考えて選べばよかったな、と着ている服をまた後悔しながら、私は立ち止まって私を待つ少尉のほうへと歩き出した。








END.

あれ?ハボアイ?
いやいやロイエドです。多分。
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