バレンタイン企画〜情熱の嵐2009

□《バレンタインエレジー》
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「うぅ……忘れてた」


立春は過ぎたけれど、日が沈めばまだまだ寒さが残る、夕刻のことだった。

ゴドーさんも帰り、デスクに広げっぱなしだった書類をひと纏めしようとしたのだけれど、手にしたクリップケースは見事に空で。

でも、クリップと消しゴムに関しては大概、『引き出しの奥の片隅に申し訳なさそうに居座っている』といった自分法則に則り、デスク中央の引き出し奥をまさぐった結果。

僕的な法則通りクリップを見付け、更には今日のオチ的なものまでも発掘し、一気に青ざめていた。


「バレンタインの夜って……アワワ!!」


……そう。

僕は、もはや日常に定番化しつつある『白の封書』をも見付けてしまったのだ―――――






《バレンタイン・エレジィ》






―――この封書は今月の始めに、あのトリッキーな黒山羊さんから届いたものだった。

その内容に大量の油汗をかいた僕は、数少ないスキルを駆使し、封書をデスクの引き出し奥にしまい込む。

それを唄の歌詞よろしく読まずに食べてしまい、『そういえば手紙の内容は一体何でしたっけ?』……なんて返事を出せる訳がない。
そんな勇気があるのなら、事務所の賃貸料に毎月頭を悩ませたりしない人生を送っている。

つまり、僕のスキルとは世間一般に言う【現実逃避】というものだった。


「ど、どどど…どうしよう!!」


咄嗟に見たアナログな壁掛け時計の針は7時5分前。夕方と夜の境目ギリギリ感に重い汗が額を伝う。

なのに足は意味もなく右往左往して、逃げようとか隠れようといった解決にもならない行動ばかりを繰り返していた。

未だチョコの香りが漂う室内で、つい数時間前の甘い記憶も、もはや遠い昔の花火のようになっている。
そして、どんなに焦りウロウロしても当然、時間は容赦なく過ぎてしまっていた。


(そうだ、居留守!鍵を掛けて電気も消せば……!!)


漸く思い付いた咄嗟の繕いは、まるで借金取りから逃げるようなものだったけれど、何もしないよりは遥かにいい。

しかし、慌てて扉に駆け付け、扉の鍵と壁にある照明スイッチとをほぼ同時に触れたか触れないかの、まさにその時。

ノブは勢いよく、僕の指から遠ざかっていった。


「やあ!ハッピーバレンタインデーィ!!泳いでた?なるほどちゃん!」

「キャワワ!!!きょ、きょキョキョ……!!!!」

「アレ?コレってもしかして、ボクを脅かそうとするサプライズだったのかな?アハハ、なるほどちゃんはカワイイねぇ、このこのこのぉ〜」


お約束の定説通り目の前には、また何時にも増して上機嫌な局長さんがいた。

ニュッと伸ばしてきた黒革の指先に鼻を軽く摘まれて、僕は目を白黒させながらもがく。


「ああ、それじゃあ行こうか!」

「い、いやいやいや…!あの僕はこれからプライベートが色々とあ……!!」

「そうだね!仕事じゃなくてプライベートだからさ、今日ぐらいはねぇ!甘ァいモノ、いっぱい食べてね〜!」


都合は見事にガン無視され、手首をガッシリと掴まれて引きずられてゆく僕。

もうこの状態だと諦めた方が早い―――そう思いながら、律儀に戸締まりなんかをしているSPの姿を恨めしげに眺めたのだった………。


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