驚愕20蔓打サイト企画〜お題スペシャル≫1

□【disclose a secret】編_#2《狼蜜》
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──それは、予期せぬ突然の雨だった。

つい数十分前は、澄み渡る夏空に入道雲が痴れ者の風格を見せ付けていたのだが。
近年の異常気象故か夏は時折、激しい雷を伴う猛烈な豪雨に見舞われる事がある。

寂れた商店街を抜けた河川沿いの道中で運悪く、我々は其れに遭遇してしまったのだった。


「チッ!こりゃあ四川並みのスコールだ」

「うム……近年の日本でも、この様なゲリラ豪雨が多発するのだ」


まるでバケツをひっくり返したかの様な雨に打たれながら商店街に引き返し、廃業した店の軒下に逃げ込んだ。
気休め程度にしかならぬ濡れたハンカチを当てがいながら、多少は勢いを緩めた雨空を眺める。

この状況下では雨が止むのを待つことが最良の選択かもしれないが、ずぶ濡れのまま局への帰還も難しい。
それは隣の狼 士龍も同じことで、政府管轄ホテルに帰還するにも徒歩では遠い上、濡れ鼠の状態ではタクシーも拒否される可能性が高い。

いずれにせよ先ずは衣服を何とかせねばならないという結論に達し、髪をかきあげ水飛沫を散らす狼に提案を持ち掛けたのである。


「小雨にまで落ち着いたら、また少々歩くが如何か」

「まぁ、歩く以外他はねぇんだがよ……こんなびしょ濡れのままで一体何処に行こうってんだ?」

「我が邸宅だ。徒歩ならば此処から10分程度だが」

「ハッ!邸宅ねぇ……いや、待て?邸宅だと⁈」

「貴様の衣服ならば30分程で乾くであろう。時間的にも本日は其処で解散となるであろうがな」

「お、オウ……」

「不服ならば別の案を模索してみるが?」

「……ふ、不服なワケあるかバカヤロウ!」

「ム……ならば決まりであるな」


妙な間を挟み承諾する狼を横目に、再び空を見上げる。
銀色の雨降る雲間から、微かに覗く青。

この雨も、じき上がるであろう────




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【disclose a secret】
  EPISODE_#2 《狼蜜》

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玄関のクローク棚からタオルを取り出し、服の上から粗方吹き上げた後に二階の客室へ狼を通した。

今では殆ど使用されない部屋であるが、定期的なハウスクリーニングは依頼してあるので、ホテル並みの清潔感は保たれている。
簡易的なシャワールームも完備されており、此処で着替えをさせた後、ドライルームで衣服を乾燥させようと考えていた。

乾燥を待つ間は客間で紅茶を供し、軽く情報交換なども出来れば時間の無駄もない。
其の完璧なタイムスケジュールに多少の自己満足を感じつつ、室内をジロジロと眺め回す狼に、クローゼットからガウンを手渡した。


「其処にシャワールームがあるので使用した給え。濡れた衣服は後にドライルームへ案内する」

「オウ、悪いな」

「私も自室で着替えを済ませた後に此処へ戻る……では」


邸宅内では一番大きなサイズのガウンを手渡して客室を出る。
未だ濡れたままの身体は冷え始め、小さなクシャミを一つ。

足裏に心地良い絨毯を踏み締め自室の扉を開閉した途端、棚からパタリと一冊のファイルが床に落ち、中味が斜めに散らばり落ちる。
どうやら昨夜に使用したファイルを不安定に挟み込んでいたようで、扉を閉じた際に落ちてしまったようだ。

屈み込み其れらを集めていると、一枚のメモに書かれた文字が目に入る。
何故か心惹かれ、束ね直したファイルを戻したのち、そのメモを手に文面を暫く眺め続けた。


(資料室の主……か)


拙い字列に並ぶ、悠々と自信に満ち溢れた文字。
何らかの資料を探していた若く拙い文字と、其れらの位置を棚番と英数字で示した神ノ木の字体だった。

この様な物までをも取り置いていたのかと苦笑うが、やはり棄てる気にもなれない。
寂しさや嫉妬という人間らしい感情を徐々に取り戻していたあの季節は、長き厳冬の中にある強き温もりであったのだから。

初恋は心に永く引摺るものであると成歩堂が言っていたのを思い出し、私も人の子であるのだな、と。
胸奥に未だ眠る法廷の獅子と、二つ名の龍を背にした神ノ木───其れが同一人物であると理解してはいても、己の中では決して一致はしない。

思い出は美化するものだと云うが、これはもはや神格化に近いやもしれぬと自嘲しながらメモを畳み、机の引き出しに仕舞い込んだ。
その中に在る万年筆もまた、獅子同様に未だ眠ったままだ。

再び小さなクシャミが一つ出て、現実に引き戻される。
今は早々に身体を温め、着替えを済ませなければならないのだ。

本日は客人が居る。
まだ名も無い路を創り出した者が───。



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