《甜!!》〜狼部屋

□《このロジック、カカオマスにつき》〜師父のバレンタイン騒動2011
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「応、日本ではバレンタインがチョコの日だって話は本当なのか?」

「まぁ、あながち間違いでもないかなぁ。一年一度のチャンス、って歌詞もある位だし」

「チャンス…?ハッ!そりゃあ一体何のチャンスなんだ?」

「そうだなぁ。好きな人に愛の告白、ってところかな―――」






《このロジック、カカオマスにつき》
〜師父のバレンタイン騒動2011






それを聞いた瞬間、オレは出されたグリーン・ティーを吹き出しそうになる。
煤けた看板に【法律】が擦り消され、『芸能』と書き換えられた事務所での午後。

そんな看板を掲げた賃貸主は食後の昼寝にでも差し掛かっていたのか、茶を煤るかと思えば途端に大口を開け、間延びした猫のような欠伸を繰り返している。


「待てよ。バレンタインってのはカトリックの祭か何かだろうが?」

「まぁね。でも、日本じゃそういった意味合いの国民的イベントになってるから、仕方ないと思うよ」

「ケッ、くだらねえ!だから無差別宗教国家ってヤツはよぅ……」

「……で?日曜日だってのに、ウチの事務所に何の用?」


驚きを上手く胡麻化して、更に持論を熱く語ろうとした途端にコレだ。
腑抜けたツラ構えのわりに、口だけは妙に達者でやりずらい。

そんな理由で、オレはこの『成歩堂 龍一』に対して苦手意識が強くある。
他人から受ける言葉の売り買いなど負ける気がしねぇが、どうもコイツには毎回手を焼いている。
あの、御剣怜侍とはまた違った意味合いの苦手感だ。

悪く言えば天敵クラスに等しい。


「オレは土産を手に訪れた、言わば他国の客だろうが?ソイツは随分な言われ様だぜ」

「わざわざバレンタインの事を詳しく聞きにくる外国人客なんて、僕にとっては初めてだしね」

「ハッ!なら、いい勉強になったじゃねぇか」

「あ、やっぱり図星だ……面倒臭いなぁ」


ニット帽は手土産の月餅を遠慮なく頬張りながら、ペロリと容赦なく核心を言い当てやがる。

巌徒海慈いう食わせ者の爺が囲うだけあって、コイツは見た目以上にひとクセある男だった。

しかし、御剣怜侍と一番の緊密な関係を持つのはコイツだという。
捜査は手っ取り早く、核心に近い順から締め上げる――それがオレ流なのだ。


「……テメエ。オレが何時までも下手なままだと思ってやがるのか?」

「下手なままだと思うけどなぁ……いま御剣にチクったら多分、明日はバレンタインデーじゃなくて、強制送還デー」

「!?……ぐッ」

「御剣って怒ると、かなり怖いよ」


半ダースの月餅を跡形もなく平らげ、ニット野郎は幸福そうにケフッと鳴く。
…これ以上コイツと居ては、オレの額にある血管が数本ほど破裂しそうだ。

どうやら今は、バレンタインにチョコレートを贈るという日本の慣習と、その意味合いを知っただけでも良しとするしかない。
そう決議したオレは、幅まで狭苦しいソファから立ち上がる。

すると、ニット野郎は不意にオレを見上げ、ニイッと笑った。



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