WALL-BAR
□【I think of you】
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【I think of you】
〜My guitar
will never fly〜
「時間厳守、と言った筈だが?」
「携帯が壊れてしまったんで」
「……愚な物言いは止め賜え。一般社会に於いてそれは通ずるものではない」
「了解、副局長殿」
副局長の執務室は局長室の隣室。しかも、局長室からのみ入室可能といった、随分と閉鎖的な場所にあった。
局長室は主が不在でも、愛想のひとつも浮かべないSP二人が狛犬のように並び、重厚な扉を警護している。
ダディは相変わらずコレクターだねと思いつつ、取り敢えずは目前に居る容姿淡麗な上司に笑みを 浮かべてみた。
しかしこちらも相変わらずで、感情の一片すらも表出さない。
ロイヤルウースターの陶磁器人形のように白く透明な肌へ乗る薄い唇は、ただ淡々と職務を熟すだけだった。
「……が、明日提出予定となっている。彼等にもそう申し伝えるように―――それと……牙琉響也」
「何なりと、サー?」
わざとおどけてニッコリと微笑み、少しばかり前屈んで悪戯な挑発をしてみたものの、やはりその冷ややかさは変わらぬまま。
ただ……自分を僅かに切れ長の目を更に細め、話題を切り替えたに過ぎなかった。
「牙琉霧人…貴様の兄の事だが」
「『第一級犯罪死刑囚』……それ以上に何か悪いニュースでも?」
「死刑執行の日取りが決まったのだ。来月の第二金曜日、13時――――貴様も承知の通り、戸籍上の『死』ではあるがな……」
「へぇ……。で、兄貴は、一体何処に納まるんです?」
「そこまでは私の知る所ではない…貴様が局長へ直に聞き尋ねる事だ。尚その日は本人確認も兼ねる為に、貴様は執行場へと出向せよ。いいな?」
副局長はダディから預かったらしい白の洋封筒を僕に手渡して、長い前髪をサラリと流れ落としながら、再び書類に目を通し始める。
その余りに無関心な孤高さに、ふと、アコースティックなメロディラインを浮かんだ。
「Moon melody gives me a sign……」
「申し送りが済んだ後は速やかに退室せよ」
「……Can you see the beam?」
「――二度は云わぬぞ、牙琉響也」
「了解、"Cool-Beauty"」
綺麗に整った眉間に、皺が数本見えた辺りで軽く会釈をし、副局長室を後にした。
音楽に人種差別も国境も無い。
だから唄っただけなんですけどね……とは、流石に言えなかったけれども。
(我等の副検事局長殿はダディ1番のお気に入り、か)
あの無関心な目が僅かでも僕へ向けてくれたらいいな、なんて。
僕はクスッと笑いながら、ダディの香りがする部屋の分厚い扉を開けたのだった。
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