WALL-BAR
□【寂滅】―Oxidized silver―
1ページ/11ページ
暗き海原 慟哭を吸い
寂滅と時代のうねりの直中で
たった一人の
面影を追う―――――
■■■■■■■■■■■
【寂滅】
―Oxidized silver―
■■■■■■■■■■■
「その提示額でいいと伝えてくれ」
「――以那个出示額承担、好ロ馬?」
「好。那麼日后……」
高層ビルの最上階より、眼下に広がる夜の河を横目に眺めていると、不意に強化ガラスに写り込む自分と目が合った。
黒いサングラスの奥からは時折不気味な『赤』が仄かな光を見せている。
(赤は……こんな色だったか?)
角膜の部分に、あの仮面と同じ赤色認識半導体が組み込まれている為に、時折発光してしまう難点がある。
しかしそれを除けば、健常者と何ら変わらぬ生活を送る事が出来るまでになっていた。
非合法地下医療―――それはかつて、あの猛毒に倒れた自身を黄泉から引き戻した医療機関。
昏睡のさなか、そこでは細胞レベルまでこと細かに解析されていたらしく、そのデータを元にした為に治療は比較的スムーズにいったらしい。
「交渉成立です、総代」
「あァ……」
謝謝、と手を差し出すチャイニーズの手を握り返し、疑似的な笑みを作り上げる。
得たものよりも失ったものの方が遥かにデカイと―――立ち去る同業者の背を眺めながら、手に持て余したジプシーを灰皿へと捩込んだ。
「自由とは、全ての強制を憎むものだと云います」
「クッ!憎んでいるように見ちまってたかい?」
「多少、ですが」
薄く笑う東谷に苦笑いを浮かべ、僅かに残ったブランデーを喉に流し込む。血の繋がりこそないものの、若年の頃より背を守る東谷には、こんな苛立ちも隠し通せないようだった。
今や六万近い野良犬達の命を背負う立場となってからは、制限された自由だけが残され、こんな取引の場に顔を出す事も珍しい事ではない。
此処は随分と狭い檻だと―――ビルの谷間で笑う月に小さく呟いた。
.