WALL-BAR

□序曲2―FLUSHING SOUL
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彷徨い歩き辿り着く
ガス灯の下で朝を待つ

響かない口笛と
目を伏せた石畳

また此処に
帰って来てしまう心――






【序曲2】
  ―FLUSHING SOUL





「パパと一緒に帰れるなんて珍しいよね!」

「そうだったかなぁ……う〜ん……そうかもね」

「ねっ、パパ!立ち食い蕎麦食べて帰ろうよ!」


僕と一緒に帰宅する事が余程嬉しいのか、みぬきは陽気なステップを踏みながら夜道を歩いてゆく。

本当は、後から仕事があった。
でも間が結構あったから、たまにはみぬきを送って行こうと思い、こうして帰路を共にしている。

その『立ち食いソバ』という何とも財布にエコロジーなディナーのおねだりに、父親として頷かない訳にもいかなかった。


「美味しいね!いつも前を通り掛かる度に、一度パパと入ってみたいなぁって思ってたの」

「へえ……じゃあ念願叶った、って事だね」

「でも、生たまごを乗っけるなんて思わなかった!お家ではしないもんね、でも美味しい!」

「アハハ、じゃあオデコくんにリクエストしてみようか――――」


立ち食い蕎麦でそんな幸せそうな顔をして貰えるなら、今度は僕から誘おうかと……いい年頃の娘を意外と気遣う自分が、何故か可笑しかった。

確か昔、御剣も―――僕に似たような事を言っていたからだ。
守る側の立場になって初めて分かるこんな嬉しさを、僕はみぬきと出会い知ったのだった。


「お嬢ちゃん、お父さんと一緒でいいねぇ。お母さんはお留守番?」

「お母さんは遠くに居るんです」

「あ…ああ、そうなのかい……」


蕎麦屋の店主の目が僕をチラッと見る。
そして何か妙に納得して、うんうんと頷いた。


「お嬢ちゃん、これはオマケだよ」

「え?わぁ!どうもありがとうございまーす!」

「いいんだよ。……ま、あんたも色々と辛い事はあるだろうが、頑張るんだよ。いつか幸せが来るさ」

「は??……はぁ…」


この店主は『何とかのカケソバ』的な展開を妄想したらしい。

月見ソバに大喜びする娘+甲斐性の無さそうな父+そのせいで家出したらしい母親+世間は冷たい 不況の風=桜海老のかき揚げのオマケ……という公式だろう。

まぁ……甲斐性の無さそうな事は認めざるを得ないなぁと思いながら、ご機嫌な娘の横で僕は蕎麦を啜る。

男娼の娘と思われなくて良かったな―――そんな思いがある事に僕は少し可笑しくて。

苦笑いしながら湯気の先にある、みぬきの笑顔を見つめていた。
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