驚愕20蔓打サイト企画〜お題スペシャル≫1

□【disclose a secret】編_#2《狼蜜》
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自室より替えの服を手に一階の浴室へと移動し、シャワーを浴びて冷えた身体を温めた。

元より低体温な身体は夏も盛りなこの時期にあっても、雨に濡れた程度で即冷えに直結する。
その為か発汗自体も少なく、真夏の炎天下の中でも普段と変わらぬ様相を維持出来るといった利点もあるのだが。

速乾タオルで身体の水分を払拭し、手早く替えの衣服を着用してクラバットを装着する。
整髪料で髪を整え浴室から出た後、隣接するドライルームに立ち寄って、クリーニングボックスに濡れた着衣を入れた。

廊下に戻りきびきびと階段を上りながら、此の一連の流れは絵に描いたような完璧さであると自画自賛しつつ、狼の待つ客室のドアを数回ノックした。
……しかし、返答が無い。


(……ム?)


更に数回ノックするが、やはり返答が無い。
仕方なく一声掛けた後にドアを開けたのだが、室内に狼の姿は無く、シャワー室からの水音も無い。

暫く佇み耳を澄ましたが、物音どころか人の気配すら感じられない。
この状況は一体……と真剣に考察しようとしたが、此処が己の自宅であることに気付けば、眉間には深い皺が浮かんだ。


(全く……大人しく待つということが出来ぬのか、狼 士龍!)


『待て』に関して比較するならば、ペスや糸鋸の方が遥かにマシな様に思う。
つい先日も自己判断の行動で面倒を起こしたばかりであるというに、相変わらず学習せぬ男である。

そういえば過去にも似たような事があり、ホテル内を散々探し回った結果、姿を消した当人は私より先に部屋へ戻っていたという、実に不毛な思い出が脳裏に浮かんだ。

ならば狼も何れは此処に戻るかとも考えたが。いかんせん、此処はホテルではない。
我が邸宅なのだ。

其の探求心の趣くまま行動されては、プライベートすら暴かれる事態にもなり兼ねない。


(あの男の性格から察するに、向かうであろう先は───)


先ず考えられるのはドライルームであるが、先程立ち寄った際に人の気配は感じられなかった。
……とすればやはり私を追い、自室を探し当てた線が一番濃厚である。

自室の側にある今は亡き師の部屋になどに立ち入られてしまっては、捜査官のサガを理由に師の過去までも土足で踏み込まれてしまう。
最悪、それだけは避けねばならない。

考察を早急に結論付け、急ぎ足で客室を出る。
廊下一本に並ぶ各部屋の扉を通り過ぎ、奥ばった先にある角の扉と最奥にある扉の二つ。
手前の角部屋が我が自室で、最奥にある部屋が師の部屋となっている。

先ずは師の部屋からと思い最奥の扉の前に佇むと、身体は自然と姿勢を正し、指先を折る。
ノックなど無駄な行為であると理解しているものの、青年期より染み付いた慣習と服従の精神は未だにあの頃のままだった。

ノックを止めた手を下げ、そんな自身を嘲笑しつつ。
ドアノブに指を差し掛けた時に、背後の扉奥から微かな物音がしたのである。


(其方に居たか……狼 士龍)


幸いにも狼は最奥の部屋を選ばす、手前の自室に辿り着いたようである。
軽く胸を撫で下ろしながらも此の、実に身勝手極まりない狼の行動に再び眉間へ皺が寄る。

踵を返し、自室のドアノブに手を掛け勢いよく扉を押し開いた。
すると茶のガウンを纏う其の背中が一瞬ビクリと震え、悪戯の最中を見られし子供のような表情が、ゆるりと私の方へ向いたのである。


「オ⁈おぉ、オウ!遅かったじゃねぇか」

「……私が部屋を出る際に貴様へ伝えし言葉を復唱せよ、狼 士龍」

「着替えをしに部屋に戻る……だよな?」

「その後に貴様を通した部屋に戻ると伝えた筈だが?」

「……キオクニゴザイマセン」

「ム!その様な語録より指示されし重要な箇所を記憶せよ!、狼 士龍ッ!!」


行動も返答すら子供染みている割に、時折無駄に正攻法な発言をするのも相変わらずである。
何故に己の周囲には此の様な口八丁ばかり揃い踏むものかと、ソッポ向く狼を眺め溜息をつく。

だがその姿をまじまじと見つめている内に、何やら奇妙な事に気付く。
風体に似合わぬガウン姿、其れを畳み掛ける様な寸足らずのサイズ感。

そこにきて、片手に抱えし脱衣カゴ。
この様相で口を尖らせ大人ぶる狼の姿に、ジワジワと笑いが込み上げてきたのである。


「?……なに笑ってやがる」

「いや……笑っ、てなど、は……」

「肩震わせて笑ってんじゃねぇ!!」


更に真顔にて怒り出す姿なぞ見てしまい、私は遂に口に手を当て吹き出してしまっていた。
どうやら妙なツボに嵌ったらしい。

この邸宅で此の様に笑うなど初めての事だ。
少々涙目になりつつ腹筋をまでも押さえる私を見て、更に苛ついたのか狼は足を踏み鳴らし──遂には威嚇をも始めてしまったのだった。



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