驚愕20蔓打サイト企画〜お題スペシャル≫1

□【disclose a secret】編_#2《狼蜜》
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濡れた衣服を絞り、シャワーを浴びて冷えた身体を温めた。
子供の頃からスコールなんざ大して珍しくもなく、濡れ鼠になる事は寧ろ普通だ。

だだ広い大陸は建物も木々すら少ない地区が多い。
あれだけの雨に打たれてもこの程度で済んだのは、此の国の狭さとコンパクトさによるものだった。

湯線を止め、髪に纏わり付く水滴を振い落としながら浴室を出る。
濡れた上着のファーだけがキッチリと水気を弾き飛ばしていて、なるほど流石に獣毛だと、濡れた身体を拭き上げながら妙な感心をしていた。

脱衣カゴに衣服を移しながら、ふと見た姿見と目が合う。
右肩に僅かに残る痣を見て、先日のアレを思い出し、軽く舌打ちした。


「あんなコゾウに不意打ち喰らってよぅ……みっともねぇな、オマエ」


そう呟き向けた指は互いを嘲笑するが、あの一件があったお陰で現在の状況が有ると思えば、犬歯をも口から見え隠れする。
コイツは何ともシマリのねぇ面構えだ。

しかし、あれからまだ日が浅いにも関わらず随分と積極的なアプローチをしやがる。
普通ならばあの場で解散し、次回の約束辺りを取り繕うのが一般的だろう。

ところが突然邸宅へ───何の警戒心も無く、恰もそれが当然の様にオレを招き入れたのだ。


(惚れてると知った上で招いたんだぜ?)


この邸にアイツが独りで住んでいる事は知っている。
身辺を散々調べ上げたのだから当然だ。

部外者が立ち入るのは週に数回のハウスキーパーと、定期的なハウスクリーニングのみで、執事やメイド等は雇入れていない。
つまり今、このクソ広い邸にアイツはオレと二人きりなのだ。


(ならばコイツは……こいつは、よ…)


考えれば考えるほど、妙な動悸がする。
先ほど手渡されたガウンを羽織るが、全体的に丈が微妙に足りない。

再び鏡の中に在る自分と目が合うと、何故か此処にこうして居るのが馬鹿馬鹿しく。
過ぎてゆく時間が惜しいとまで思い始めれば、居ても立っても居られなくなってきた。


「狼師曰く……『善は急げ』だ!」


脱衣カゴを抱え颯爽と部屋から出てみたものの、良く良く考えてみればアイツの部屋が何処なのかが分からない。
出たばかりのドアの前で暫く佇んでいると、動悸も多少は収まって冷静さを取り戻していた。

そして、ふと足元を見る。
矢鱈と高級な絨毯を二、三度踏み付けて其の毛足を確かめ、ジッと廊下を眺めてみた。


(独りで住んでいるとすりゃあ、毛足を追えば部屋なんざ……)


踏む回数が多ければ多少なりとも毛足はへたる。
幾ら丁寧なクリーニングを施しても完全に復活するような事は無い筈だ。

そいつを前提に廊下に並ぶ扉の前を一つ一つ確認しながら進むと、周囲とは少し雰囲気の違うドアが並ぶ場所に辿り付いた。
毛足の見た目では最奥が一番古い。


(古い部屋は違うな……ならば此処か)


奥の部屋は恐らく、以前の主人だった狩魔 豪という者の部屋だと思う。
幾ら生前贈与されたとはいえアイツの性格上、其れを簡単に己の部屋に使うのとは考え難い。
寧ろ、その逆だ。

狩魔 豪───無敗の上級検事から犯罪者へと成り下がり、獄中に幽閉されたまま死を迎えたらしいが。
ソイツを未だに師と仰ぎ、狩魔を継承する者の誇りすら時折示す辺り、もはや神格化の域なんじゃねぇかとすら思う。

下手に開けようものなら平手打ちどころでは済まないだろう。
大雑把に例えるならば、ロマンスとバイオレンスの二者択一といった処か。

だが、国際警察捜査官として経験を積んだ自身はある。
迷い無く選択したドアを数回ノックするが反応がない。

ノブを回すと鍵は掛かっておらず、再度ノックをした上で扉を開け、室内に足を踏み入れた。


「応、邪魔するぜ!」


……が、気配が無い。
しん、と静まり返る室内が広がるだけだった。

だが、室内の雰囲気は御剣らしさが滲み出ている。
無駄のない家具の配置といい、ブルジョワな小物の並ぶ棚や、本棚やファイル棚に至るまで、生真面目で几帳面な性格そのままだ。

暫く室内をウロついているとシックな机の上に写真立てを見付け、其れを手に取る。
無邪気に笑うニット野郎と妙なゴーグルを顔に付けた銀髪ヤロウ、微笑を浮かべる御剣の三人が写っていた。

日付は7年程前。ニット野郎がまだ弁護士だった頃のモノらしい。
それ以外に飾られた写真は無く、卓上には硝子のブックエンドに本が並ぶだけだった。


「ハッ!その頃からのクサレ縁、ってヤツか───」


これ一枚を飾るという辺り、さぞ深い思い入れのあるものに違いない。
それが何故、三者三様分裂する羽目になり、其れがまた何故今になって集結したのかも不思議だ。

散々調べ上げた情報を元に様々な憶測を模索していると、突然ドアが開く。

その音に少しばかり驚いて振り返ると、眉間にシワを寄せたこの部屋の主が仁王立ちしていたのだった。



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