NOVEL

□fragile
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ずっと欲しかったモノがあった筈だ。
喉から手が出るほど、そんな陳腐な使い古しの例えしか思い浮かばないオレの発想にもどかしくなる。
まるでガキみたいに、欲しい欲しいと泣き叫んでも手に入れることさえ、その温もりに一時…たった一時、心休める事さえ許されなかった。
それほどまでに欲したモノとは何なのかと問われてしまえば、即答できない曖昧にしか記憶していないモノ。

いつしかそれを諦めることに慣れ、現状のままで良いのかと思いつつも行動を起こす気にすらなれない自分に辟易していた。
感情を抑える事に長けたこの脳みそと体は、あんなにも欲しい欲しいと心が欲求していたモノさえ忘れようとしていた。

怖かった。
このままでは本当に、自分がただ命じられたことだけを遂行するだけの機械に成り果てそうで。


 「ギャアアアアアアッ!」

夜道を歩く白髪の少年。
時刻が時刻なだけに、この夜道を一人歩くには若すぎたのかもしれない。
裏道から出てきたキルアに、四方から視線が向けられた。その眼球たちには、興味、侮蔑、訝しむ様々な色が灯っている。
キルアは、表情ひとつ変えず血液で濡れた掌をズボンで拭うと男達のズボンから抜き取った財布を両手に一つずつ中を伺った。
 「ひーふーみー…しけてやんの、…まぁ、こんなガキ相手に金銭せびり取ろうとするような奴らに期待するだけ無駄か。」
中から札束だけ抜き取ると、それをポケットに突っ込み財布はポイポイと投げ捨てる。
 「ん」
札束の間から何かのチラシが見え隠れした。
小首を傾げ、そこを指先で抜き取るとそのチラシには「ハンター試験」と記されていた。
捨てれば良いのに、何故かその一文から目線を外すことが出来なかった。
ハンター試験…何度か耳にしたことがある。名誉、誇り、金だのくだらないそれが欲しくて各地のつわものどもが集まり競い合う。
ある者は大金を叩いてまで、手にしたがる。人々を魅せるそのちっぽけな肩書きに何故だか強く心惹かれた。
 「勢いに任せて家出て来たは良いけど、行く場所…決めてねーんだ」
誰に向けるわけでもなく呟くと通り過ぎた男が怪訝そうに振り返った。
独り言は、幼少からの癖だった。
誰に向けているわけでもなく答えを求めているわけでもない。考えを纏める時や、憂鬱な時に決まってやってしまう。
誰かが傍に居る時には一人で喋ったりなどしない。
 (…それもそうか、一人で居なければ独り言になどならないのだから。)
頭を左右に振れば、小さく息を吐き出して手にしたチラシへと目線を戻した。
双眸に決意の色を点せば、口元に笑みを浮かべて試験日時を確認し歩む方向を変える。
期待に胸がはねた。
試験そのものに興味はなかった。其処に集まってくる奴らは強いのだろうか、各地のつわものどもが集ってくるのだ。これまでオレが相手にしてきたやつらとは違う、一筋縄ではいかない命のやり取りを想像し、高揚感が胸を充満し鼻歌を歌いたい気持ちになる。
そこまで思考をはしらせて、やっぱりオレは人を殺すこと、命のやり取りにしか昂ぶることができないのかと先程までの高揚が嘘のように意気消沈した。
泣きたい気持ちで胸が溢れかえる、叫びたい。意味もなく大声で叫びたい、走りたい、逃げ出したい。
どうして自分はこうなんだろう。普通の家庭に生まれ普通に育ち普通に友達が居たら、こんな歪に形容されることは無かったのだろうか。
普通に、普通に、普通に。
…普通ってなんだろう。
通り過ぎる家から暖かな光が零れ出ていた。虚ろな双眸でそこを覗く。覗いちゃ駄目だって、むなしくなるだけだって。
分かっているのに。
暖かな光に囲まれた一つの家族、目元も口元も優しい笑顔がはりついていた。

 「え……何…?!」
キルアは窓ガラスにぴったりくっ付いて、まるでお預けをくらった犬のようにその暖かな家を覗き込んでいた。
母親らしき女性の驚愕の悲鳴が上がるまで、ずっと…。
だが、悲鳴に続いて開かれたドアに、夢から目覚めたような表情を浮かべ逃げ出すようにその場から走り出した。


ぽつり、ぽつりと天から雫が降ってくる。
徐々に勢いを増していく雨粒を避ける事も無く、くせっけの毛髪が塗れそぼりきっと情けない表情をしているであろう顔面を隠した。
何処に向かって走っているのだろう。忙しなく動く肩、乱れる呼吸を落ち着かせ走る速度をゆっくりと落とせば、疾走から小走り、そして早歩き、歩みへと変えて。
頬を濡らした雫は、きっと雨粒なのだ。
 (さむい……) 
両腕を抱き、かたかたと震える体から冷たい雨が体温を奪っていく。
白い息を吐き出し、ホテルに入ろうかと思案するが家を出てくる時にお金を持ってくることを忘れていたことを思い出した。
手持ち金は先程突っかかってきた男達から奪った小遣い程度の金額のみ。
この金額だと試験会場までの交通費で飛んでしまうだろう。無駄遣いをできるほどの余裕は無い。
 (誰か殺して金を手にするか?)
…いや、それは駄目だ。それをしてしまえば、あの家に居た頃と何も変わらない。
諦めの色を双眸に灯し、雨を凌げる適当な場所を求めて目線を左右へと泳がせる。
片手に持った相棒代わりのスケボを空家の階段へと下ろし立てると、キルアはそこへと腰を下ろした。



帰る場所が無い、心が痛い。
頼れる人も無い、泣きたいのに。


オレは



どうして生まれてきたんだろう
 
 
 
 
気付けば陽は昇っていた。
鬱々とした気分のままでも、体は睡眠を必要としていたらしく気絶するように眠り気付けば一時間が経過していた。
体は心と違っていつだって単純だ。
心も体のように単純にできていれば、きっと壊れることもなくなってしまうのだろうに。
腕を天へと伸ばし欠伸をかみ殺せば、虚ろな双眸を手の甲で擦った。
ハンター試験なんて、ただの退屈しのぎだ。自分を変えてしまうような何かを見つけられればいいなんて僅かな期待も持たない。
期待したって、いつだって打ち崩されてしまったのだから。
期待するのも疲れた。するだけ無駄なら、しないほうがマシだ。だから、退屈しのぎ。
まだ休息を貪りたいという体の欲求を抑え付け、キルアは立ち上がりスケボを手に取るとスケボを地へと置きそこに片足を置き滑らせる。
駅へは此処からなら10分もせず着くだろう。
向かい風に目を細め、キルアは眩しい太陽を背に走り出した。
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