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『九兵衛さん』
彼が僕の名を呼ぶ度に
『おはようございます』
彼が僕に笑いかける度に、心臓が壊れそうなほど脈打つ。
僕がアレン殿と出逢ったのはきっと偶然ではないだろう。
確かに出逢いは、偶然……いや、奇跡に近いものだったと思う。
どこぞの少女漫画のような出逢いにも近いかもしれない。
僕がいつも通り、朝の鍛練を終えて部屋に戻ろうと廊下を歩いているとき不意に視界に入った黒い水溜まりのようなもの。
墨を溜めたかのような黒。
いたずらか?
自分の庭だったこともあり、確認の為に近づいた。
すると、その黒い水溜まりは何の振動も受けていないのに波紋しはじめ、僕の足元まで一瞬で広がり、抵抗する暇もなく引きずり込まれた。
真っ暗な少し湿っぽい霧の中を物凄い勢いで落下するような感覚だった。
さてどおするかと考えているといきなり視界が空け、眩しいほどの青空が広がった。
……………っ!?
身体を反転させて気がついた。
地上に向かって落下している……!?
受け身の体制に入ったが、さすがにこの高さではどうにもならないと諦めかけていたとき切迫詰まったような、けれど耳に心地のいい声が響いた。
……白?
視界でその人物を捕らえようと顔を上げた。
だがそこで僕の意識は途切れた。
*******
薬剤の匂いと少し固めの布団の感触を背中に感じながら意識が覚醒し、ゆっくりと目を開けるとそこにはシルクのような白銀の髪と白い顔、そして赤い傷を持つ美しい少年が顔を覗いていた。
「大丈夫ですか?どこか痛むところとかありますか?」
「……あ、あぁ。大丈夫だ」
意識が飛ぶ前に見た白い人とだぶった。
「貴方が…僕を?」
「はぃ。空から落ちてきたのでとても驚きました。」
「手間をかけてすまなかった。」
「本当に無事でよかった」
「………っ」
僕の返答に安心したのだろうか、または僕が困惑しているのを察したのだろうか。
心を落ち着かせるような柔らかい笑みを彼は浮かべた。
僕はその時、自分の今の状況も忘れただそう優しい笑みに見惚れた。
こんなときに何をしているんだ!と渇を入れるも、自分の意思とは反して生まれたその熱は、一気に身体中を駆け巡った。
だがこの熱の名を深く考え事を、心の片隅にある何かが拒んでいるような感覚を覚えた。
『それを知ったら、もう後には戻れない。』
言い知れない不安と熱の中で、それを封じ込めるように目を閉じた。
そして、僕は彼を避けるようになった。
そしてここ【黒の教団】に来てから早数ヶ月。
リナリー殿やラビ殿、ファインダーのみなさん、そして………アレン殿達との生活に大分なれ始めたある日。
コムイさんから、報告が入った。
それは僕が“ここへ”来た、いや呼ばれた理由。
コムイさんや科学班のみなさんが調べた結果、イノセンスに呼ばれた可能性が高いとの事だった。
『このイノセンスが見付かれば君は元いた場所に帰れるかもしれない』
その言葉に嬉しさと同時に悲しみが込み上げてきた。
またお妙ちゃんやお父様に会える。
だが一番に大切で守りたかった人達より、先に頭に浮かんだのは、この数ヶ月、自分が避けていた白銀の彼だった。
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