夢違う、貴方と

□第弐話
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昨夜の晩、僕は拾い物をした。
ほんの少しの興味からだった。

「んぅ、…」

拾ったのは艶やかな黒髪に秀麗な容姿を持ったお姫様。
今そのお姫様は僕の部屋で僕の布団を占領し、眠りこけている。
昨日負った怪我の痛みのせいか時折呻く様な声が口から漏れた。

「僕らしく、ない、よね」

おかしい、なんて気づいてる。
たまたま羅刹に襲われてた人間を一時の気まぐれで助けるなんて。
アレは見られてはならない物なのは充分分かっているつもりだし、もし目撃者が居たのならその場で切り捨てる。
…筈、だったんだけどな。
明確な理由を挙げるとしたら、ひとつ。

「…なーんか放っておけなかったんだよね、この子」

それだけ。
でも僕にとっては凄く不安定な理由で、正体不明で、気味が悪い。
なんで僕はそんなことを思ったのか。
そしてそれを打ち消せずに半ば強引に女の子を自室へと連れ帰ったのか。
分かりもしないことを延々と考え続けるのは、随分と気力がいる。

「ふ、はは」

不意に笑いが込み上げてきた。
さて、その笑いは嘲りか。
それとも―――。

「ぅぐ、…」

女の子がゆっくりと瞼を持ち上げる。
取りあえず僕は一旦自分の考え事を打ち切り女の子に向かって口を開いた。

「気がついた?」

自分の声に、驚いた。
今までにないくらい、とても優しい声がこんな僕から出るなんて知らなかったから。
女の子の瞼がゆっくりと開いていく。
大きくて黒い瞳がとても真っ直ぐで、印象的だった。

「だれ、あんた…」

眉間に皺を深々と寄せてこちらを睨む。
僕はお返しにわざとらしくやれやれと首を振って言った。

「命の恩人に向かって随分な言い草だね」

僕の都合で連れて来たんだけど、さ。
心の中でそう呟きながら僕はいよいよ本題に入る。

「君、昨日の夜見たでしょ」

きっと目を見開いて驚いて、それから怯え始めるんだろうな、なんて思いながら女の子を見つめていた。

「…それが、なに」

ところが帰ってきたのは予想外に詰まらない返事で、逆に僕が驚いた。
僕の存在なんてまるで無視して天井を見つめながら淡々と言葉を紡ぐ口は必要最低限しか動かないらしい。

「あれ、僕らにとって見られちゃ困るものだったんだよね」

なんの変化も見せない女の子に少しだけ苛立ちを覚えながらも僕は続けて言う。

「だからさ、君、死んでもらうけど良い?」

ほんの、悪ふざけ。
好奇心からこの子の怯えた顔が見てみたいな、なんて思ったから。
それだけだった。

「別に、いいけど」

またもこの子は簡単に僕の言葉を受け入るのか。

「なんでそんな落ち着いてるの、君?」
「了解を求めたのはあんたでしょう」

不思議に思って聞いてみるとすぐさま正論のような屁理屈が返ってきた。
相変わらず天井から目を離さないままの女の子が尚更可笑しくて思わず笑う。

「面白いね、君って」

自然と言葉がこぼれた。

「嬉しくない」

女の子の平坦な声も妙に僕の笑いを誘ってまた僕は笑いながら言う。

「でも、面白いよ君」

僕が笑い続けていると女の子は疲れたのかゆっくりと瞼を閉じた。
暫くするとかすかな寝息が聞こえてくる。
黒く綺麗な髪の毛を手櫛ですきながら僕はひとつ、決意を口にした。


(次に目を覚ましたらまずは)
(名前でも聞いてあげようかな)




 
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