虹色世界の流離譚
□Stage 2
3ページ/15ページ
月子は、真守を拒絶してしまった。
触れられたくないことに、何も知らない赤の他人が土足で入り込んだと感じて、我慢がならなかったのだ。しかし、感情を爆発させたその相手も、月子と同じ立場にあるのだということを忘れていた。
真守が彼の石を掲げながら、呼吸するのもやっとというほど青ざめた顔をしている姿を見て、気がついたときには遅かった。
(どうしよう……)
何も言えない。何も言葉が思い浮かばない。
指先を震わせながら、月子に話しかけようとしてくれた勇気を、恐怖のあまり踏みにじってしまったのだ。
「風賀美さん……」
名を呼ばれ、びくんと肩が跳ね上がる。いつの間にか、真守が穏やかな目をして側に立っていた。
「次、音楽室へ行かなきゃ。遅刻しちゃうよ?」
「あ……う、うん」
まともに返事すらできず、歯がゆく思う。
けれど、何をどうやって切り出して、どう話せばいいのだろう。てんでわからない。
石におびえ続け、周囲にいたあらゆる人間から逃げ続けていた月子には、こういう時どうすればいいのかまったく思いつかないのだ。
自分でも意識をしないうちに、手を握りしめていた。口を開こうとしても、言葉が喉の奥に張り付いてしまっている。
ひとつ息をつき、あきらめて音楽の教科書を引っ張り出した。
廊下に出ると、既に音楽室へ向かっている真守の背が目に入る。
このままではいけない。何か言わなくてはいけない。
けれど月子には、それができないのだった。
リノリウムの床の上で棒立ちする自分の影が、とても黒く、はっきりと映し出されている。
それをうらめしく思いながら、悄然と肩を落とし、月子は歩を進めた。
(何も、言えなかった……)
息が詰まるような思いの中で一日が終わり、逃げるようにして教室を出てきてしまった。
真守に呼び止められた気がしたが、聞えないふりをした。
どうせ卑怯な自分の妄想だから、それでいいのだ。無理やり思い込んでおく。