虹色世界の流離譚

□Stage 2
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月子は、真守を拒絶してしまった。

触れられたくないことに、何も知らない赤の他人が土足で入り込んだと感じて、我慢がならなかったのだ。しかし、感情を爆発させたその相手も、月子と同じ立場にあるのだということを忘れていた。

真守が彼の石を掲げながら、呼吸するのもやっとというほど青ざめた顔をしている姿を見て、気がついたときには遅かった。

(どうしよう……)

何も言えない。何も言葉が思い浮かばない。
指先を震わせながら、月子に話しかけようとしてくれた勇気を、恐怖のあまり踏みにじってしまったのだ。

「風賀美さん……」

名を呼ばれ、びくんと肩が跳ね上がる。いつの間にか、真守が穏やかな目をして側に立っていた。

「次、音楽室へ行かなきゃ。遅刻しちゃうよ?」

「あ……う、うん」

まともに返事すらできず、歯がゆく思う。

けれど、何をどうやって切り出して、どう話せばいいのだろう。てんでわからない。

石におびえ続け、周囲にいたあらゆる人間から逃げ続けていた月子には、こういう時どうすればいいのかまったく思いつかないのだ。

自分でも意識をしないうちに、手を握りしめていた。口を開こうとしても、言葉が喉の奥に張り付いてしまっている。

ひとつ息をつき、あきらめて音楽の教科書を引っ張り出した。

廊下に出ると、既に音楽室へ向かっている真守の背が目に入る。

このままではいけない。何か言わなくてはいけない。

けれど月子には、それができないのだった。

リノリウムの床の上で棒立ちする自分の影が、とても黒く、はっきりと映し出されている。

それをうらめしく思いながら、悄然と肩を落とし、月子は歩を進めた。





(何も、言えなかった……)

息が詰まるような思いの中で一日が終わり、逃げるようにして教室を出てきてしまった。

真守に呼び止められた気がしたが、聞えないふりをした。

どうせ卑怯な自分の妄想だから、それでいいのだ。無理やり思い込んでおく。
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