虹色世界の流離譚
□Stage 2
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「動かしちゃだめ! じっとしてて」
マリンはカエンの体を起こすと、包帯をはがした。氷の魔法で痛めつけられた傷口を目に入れ、戦慄が走った。
あちらはかなり本気で攻撃してきたようだ。マリンが泣きついていなければ、今頃自分はどうなっていただろうか。
(〈イリスの落とし子〉だからって、容赦しないってことか。やっぱり、二人だけで逃げてきてよかった。誰かを巻き込むわけにはいかない……)
新しい布が、皮膚の上に巻かれていく。治癒魔法を使えれば一番いいのだろうが、生憎と、カエンもマリンもそれは使えないのだ。
「お兄ちゃん……私たち、どうなるんだろうね」
いつもは気丈に振舞うマリンが、二人で行動してから初めて弱気な言葉を口にした。カエンは立ち消えそうな弱々しさに、あえて気がつかないふりをする。
「それより、いつまで俺のこと、『お兄ちゃん』って呼ぶ気なんだ? あちらにいた時の癖が、まだ抜けてないんだな」
「だって私たち、元々は双子だったじゃない。だから、お兄ちゃんって呼びたいの。だめなの?」
マリンの目から雫がこぼれおち、彼女は兄に抱きついた。カエンは片手だけ、マリンの頭に手を回す。
「お兄ちゃん、ごめんなさい。私のせいでつかまっちゃって……」
「気にするな」
自分より長い髪を指ですきながら、自分とよく似た顔をした少女へ囁く。
「あの時、強気なこと言ったけど、本当は怖かった。助けてくれてありがとう、マリン」
マリンは無言になった。より強く顔を押し付けて、声を押し殺して泣いているようだ。
胸が涙でぬれていくのを感じながら、今は悩むよりは無事であったことを喜ぼうと、マリンの背を、おさなごをあやすように、ゆっくり何度も叩いた。
○○
真守(まもる)にあわせる顔がない。だからといって逃げてしまっては、卑怯だ。
けれど、苦しくてならなかった。隣の席に座っている真守は、昨日あんなことを言ってしまう前と、同じように接してくれているのに。
月子は、朝に「おはよう」と言葉を交わしたきり、どうしても真守の姿を直視することができなかった。
彼を傷つけてしまったと強く自覚しているから、罪悪感にじわじわと苛まれる。