虹色世界の流離譚
□Stage 1
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新しい教室までの通路を、新しい担任の数歩後ろで、リノリウムの冷たい床を睨みつけながら歩く。
月子は両手に軽い痛みを覚え、その原因が、鞄の取っ手を強く握っているせいだと気づき、小さく鼻で笑った。
廊下から見える樹木の色が、冬支度に備えて暗くなっている。風にあおられ、一枚の葉が空中へと身を投げ出した。つい先週テレビで見た、ベタな二時間サスペンスドラマの身投げシーンを思い浮かべてしまう。
黙々を歩を進めていた担任――体育担当で、まだ二十代後半の箸本という――は、二年三組の教室で足を止めた。生徒たちの喧騒が膨れ上がっている教室に入る前に、一度だけ月子の方を振り返る。
「大丈夫。気負わなくていいから」
月子は無言で、うなづくだけうなづいておいた。少しでも反応を見せないと、相手が不安になるだろうからだ。しかし月子は、既にこの担任が、自分のことを少しあつかいづらい生徒だと思っていることを、うすうす自覚していた。
箸本はまだ何か言いたそうだったが、当たり障りのない言葉をもう少ししゃべっただけで、教室の扉をあけた。
まだ席についていない生徒たちや、数名でおしゃべりに余念のない生徒たちの歓声が、波が引いていくように消えていく。
それと引き換えに、たくさんの視線が自分に突き刺さっていることを、月子は自覚した。
(ああ、早く終わればいいのに――)
この瞬間だけは、何度同じことを経験しても慣れることはない。
今まで存在しなかった個体が、その集団に入り込むための、最初の通過儀礼。月子はあまりうつむかないように意識しながら、けれども誰とも目を合わせないようにしながら教室内をさっと見渡した。
この中で、うまく生きていかなければ。月子はそっと、息を吐く。
「はい、では、自己紹介をお願いします」
箸本に促され、月子は手短に話す。
「風賀美月子(かざかみつきこ)です。これからよろしくお願いします。」
儀礼的に頭を下げ、それで最初の通過点はクリアした。
月子の席は、窓側の一番後ろの席だった。腰かけたとたん、またため息が出てしまう。