虹色世界の流離譚

□Stage 8
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「これ、薬だって。飲めそう?」

両膝に弦稀の頭を慎重に乗せ、一粒だけあった錠剤を彼の口に放り込んだ。

弦稀が顔をしかめながら、何とか水と共に嚥下する。その動作すら負担だったようで、大きな息をつくと、また瞼を閉じてしまった。

すぐに寝息を立てた彼の頬に、乾いた血がこびりついていた。

それを隠すように、そっと自分の手のひらを重ねる。草の匂いをはらんだ緩やかな風が、彼の髪を優しくゆらす。

やっと起き上がれたマリンが、カエンに肩を借りて歩きながら、こちらに近づいてきた。

「その子、大丈夫なの? 早くどこかで手当てしてあげないと」

「さっき回復薬を飲んだから、窮地は脱したと思うよ。勿論このまま放っておくことは出来ないし、皆も疲れているから、ここから移動したほうがいいのに越したことはないけど」

飄々と喋っているウーレアだが、彼の顔色も快調には見えなかった。

月子もあの乱暴な地中の移動で疲れ果てたが、ウーレアも相当力を使ったようだ。

「確かにな、このだだっぴろい草原にいつまでもいるわけにはいかない…けれどあそこから逃げれただけでも、本当によかった」

カエンがやれやれとため息をついた。

「ところでウーレア、どうして私達の居場所がわかったの? 今まで誰も〈デミウルゴス〉達の根城なんてわからなかったのに、なんであなたは突き止めれたわけ?」

カエンも重ねて問うた。

「俺もいろいろ聞きたいことがある。そもそも今までどこにいたんだ、とか、一緒にいるはずのダフネは無事なのか、とか。落ち着いたら、山ほど問い詰めてやるからな」

カエンの呆れかえった視線に、ウーレアはわずかに肩をすくめた。

「こっちにもいろいろ事情があってね。あ、ダフネは無事だと思うよ。数日前に喧嘩してはぐれちゃったけど、まあ彼女なら大丈夫でしょ」

「喧嘩?」

マリンは目を見開き、次いで額を押さえた。

「あなたたちって、仲が良いのか悪いのかどっちなのよ。しかも〈デミウルゴス〉が私達を血眼になって捜している状況で、ダフネを一人にするなんて」

「俺が一人にしたわけじゃないよ。彼女が俺と一緒にいるのが嫌になったんだってさ。まあ、詳しい話は後にしようか……ああ、念のため、もう一度鳴らそうっと」

ウーレアは再び懐に手を入れ、小さな縦笛を取り出した。手のひらに収まるくらいの其れに、彼は息を吹きかける。

だがその笛は音色を奏でず、息のぬけるかすれた音しかしない。

「ん……笛なのに音がしないの?」

目を丸くしたマリンに、ウーレアは笑んだ。

「マリンちゃんは見たことないのかな? カエンは知ってるかい?」

「確か、〈シュビレ〉の人たちが使ってる笛だろ。俺達には聞こえないけど、聞こえる人には聞こえるんだよな?」
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