虹色世界の流離譚
□Stage 7
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月子は、自分の部族に戻れなくなっている理由を、簡単に説明した。
『俺たちが逃げている間に、そんなことがあったのか』
『じゃあ〈シュビレ〉の誰かが、〈はじまりの女〉について、教えてくれた?』
『いえ……教えてくれたわけじゃなくて、少し話題になっただけでした』
話してくれた際の、リオの様子を思い出す。
謎の死を遂げた、神話時代の女性の墓地周辺に薬草を取りに行く――日本で育った月子には、対した感慨もないことだ。初めて存在を知った大昔の遺跡に行く、くらいのものでしがない。
が、〈ダナン・ガルズ〉で育った人々からすれば、恐れを覚えるのだろう。
ふと月子は、あることに思い当たった。
『あの……私たち〈イリスの落とし子〉の力って、〈イリス神〉っていう神様からもらった力、ですよね?』
〈シュビレ〉で世話になった時、確かにそんなふうに説明されたはずだ。
けれど昨晩のカエンの説明は、少し違ったものだった。
『そう、私たち七部族は、虹を象徴する〈イリス神〉を昔からあがめ、守護してもらっているの。そして特別に一人だけ、強力な力を授かった者が〈イリスの落とし子〉として存在する――表向きは、そういうことになっているのよ』
月子の心臓の鼓動が、また早くなる。舌が乾いてきた。食事はあと少しで終わるのだが、なかなか匙が進まない。
マリンの説明の後を、カエンが受け継いだ。
『月子さんもある程度察していると思うけど……〈イリスの落とし子〉の持つ力は、〈イリス神〉とは関係ないところからもたらされたんだ。〈はじまりの女〉が持っていた、力の名残を七つに分け合ったもの、と言われている。
でも、このことを知っているのは、七部族の中でもごくわずかだよ。歴代の〈イリスの落とし子〉本人と、長老たちと、ごく一部の語り部くらいじゃないかな』
『そうなの……このことは、大事な大事な秘密なの』
口に頬張った団子の咀嚼を忘れそうになる。この単純な動きにでも気をそらしていないと、落ちつくことができない。
それにしても、カエンとマリンの芝居は見事だ。二人とも、非常に涼しい顔で朝食を黙々と食べている。
少し前まで地球で中学生をしていた月子と違って、もう完全にこの世界の――ダナン・ガルズの人間として生きているのだろう。とらわれている状況だとはいえ、その落ち着きっぷりは見習いたい。
『秘密になっているのは、どうしてですか?』
この質問の答えが返ってくるのには、少し時間がかかった。もうテレパシーは出来なくなったのかと思ったが、カエンが眉根を寄せて考え込んでいるふうなので、息をつめて待つ。
『……建前上は、混乱を避けるためかな。本音を言えば、後ろめたいからだとか、神の権威の問題だと思う』