虹色世界の流離譚

□Stage 7
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『月子ちゃん、聞こえるかな?』

月子は目をぱちくりとさせる。今、自分はマリンに触れていないのに、相手の声がはっきりと脳内に響いたのだ。驚いて、口を開く前に――

『ごめん。何でもないふりをしてほしいの。私達のこの能力を知っている人は、あまりいないから』

月子はあわてかけて、はたと気がつき、しゅんと肩を落とすふりをした。

「す、すみません、あとでしゃべります……」

さじを口に運ぶと、可笑しそうな声が響いた。何と、カエンの声だった。

『今のお芝居は結構自然だったけど、傍から見てると、月子さんがマリンを怖がっているみたいだね』

『え……カエンさんとも話ができている?』

すかさず、マリンの声が響いた。

『私の場合は、私が触れたものに触った〈イリスの落とし子〉全員と、こうやって同時に会話ができるの』

そういえば、椀を運んできてくれたのはマリンだった。だから、こんな状況になったというわけなのだ。

『でも、ずっとは話せない。だから、途中で話がいきなり終わるかもしれないから、注意して』

月子は少し背筋を伸ばした。予想外に美味しいと感じていた団子の味が、わからなくなってしまいそうだ。

『お兄ちゃんは、月子ちゃんとどんな話をしていたの?』

『途中で終わってしまったんだけど、〈はじまりの女〉について、説明していたんだ。月子さんは、こちらに来てから日が浅いみたいで、あまり詳しくは知らないみたいだったから』

しっかり数えたわけではないが、月子が弦稀と共に〈ダナン・ガルズ〉に来てから二十日程経っている。

昨日今日知らない世界に放り込まれた、というわけではないが、目の前の二人と比べれば、確かに新参者だ。

『月子さんが言うには、ここに来る時に男と女が会話する夢を見たらしい。それが、〈はじまりの女〉に関わる夢なのかと、思ったんだ』

『どうして、そんなことがわかるんですか?』

答えたのは、マリンだった。

『歴代の〈風〉の〈イリスの落とし子〉に、そういう景色を見る人が時々現れたらしいの。人によって見えるものは違ったらしいけど、おそらく〈はじまりの女〉が見ていたものを見ているんだろう、って言われてる。他の〈イリスの落とし子〉は、一切そんな夢は見ないんだけどね』

マリンは、咀嚼を続けながら不審そうに眉根を寄せた。

『……このことを知らないってことは、月子ちゃんは、自分の部族の人たちとはまだ会ってないのかな?』

『はい。最初に私と、もう一人の男の子を助けてくれた〈シュビレ〉の人たちにお世話になってます』

『それは、どうして?』

『保護した〈イリスの落とし子〉を、その一族に還すのを、様子見しているらしいんです。そういう取り決めが、知らないうちに決まってしまったみたいで』
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