虹色世界の流離譚

□Stage 5
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あの時は、兄の言葉がまるで理解できなかったけど、今ならその気持ちを察することができる。

カエンは、良い意味で諦めるのが得意なのだ。

諦める。それは、開き直るとか、目の前の現実を受け入れる力、とも言い換えることができるだろう。

だから兄は、強いのだ。兄として我儘な妹をなだめる役割に徹してきたこともあり、元来の性格もあり、カエンは押し付けられた役割を、いち早く理解したのだ。

(私は、お兄ちゃんの背中を見てばかりだった。だから私は、いつまで経っても、お兄ちゃんを「お兄ちゃん」って呼び続けているのかな……)

押さえつけようのない苦い思いを味わいながら、無言で兄の背中を見つめ続けるマリンだった。





「風賀美? 気がついたか?」

ふっと目を開けると、最初に飛び込んできたのは弦稀の顔で、次いで右腕にかすかな痛みを感じた。

あの、〈デミウルゴス〉の少女にやられた傷だ。ぼんやりとした頭に、先ほどの光景が次々たちあがってくる。

月子は無理に起き上がり、弦稀の腕にしがみついた。

「リオさんは? あの女の子は? どうなったの?」

今朝、自分が目覚めたベットに、月子は寝かされていた。テントの中には弦稀以外はいない。

分厚い幕の向こうには、まだあわただしく人が行きかっているようだ。

「お前のおかげで、みんな無事だ。安心しろ。あの妙な女は、どうやら操り人形だったみたいだ。戦いの跡を調べてみたら、人間くらいの大きさの人形が見つかった」

「人形……?」

「ああ、たぶん遠隔操作ってやつじゃないのか? 皆で、そういうふうに話しあってたが」

そこまで話終えて、弦稀はふいに月子の右手をとる。

(えっ?)

急に触れられて、月子の心臓が跳ね上がる。

「まだ痛むだろう? 手当はしたけど、治癒能力がある奴に治療してもらってないからな。風賀美の目が覚めた後でいいって、俺の方から言ったんだ。悪かったな」

「あ、ううん。別に……」

出血は派手だったかもしれないが、我慢できないほど痛いという訳ではなかった。

それよりも、ふいに弦稀が自分に触れてきたことの方に気を取られ、月子は目を白黒させる。

(もう、そんなに近づかないでほしいのに……麻倉君、遠慮なさすぎよ)

月子は徹底的に人と自分との間に壁を作るタイプであるが、弦稀の方は、距離感を無視して寄り添ってくるタイプなのだろう。早く彼の接し方になれないと、これからもどぎまぎし続けることになりそうだ。

(まさか、だから最初にあった日、いきなり胸倉つかんできたのかな……?)

「風賀美の目が覚めたこと、他の奴に言ってくる。待ってろ」

立ち上がろうとした弦稀を、月子はあわてて呼び止めた。

「待って、私も一緒に行っていい?」
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