虹色世界の流離譚

□Stage 3
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少年がそう一人ごちて、踵を返そうとした時。いつのまに現れたのか、月子の背後から彼へと、追いすがる人影が飛び出した。

「弦稀っ!」

ほとんど絶叫に近い声をあげ、手を伸ばしていたのは、真守だった。

(遠城寺君?)

しかし、真守もまた、月子の姿が見えていないようだった。彼が求めていたのは、親友ただひとりだった。

「待ってくれ、弦稀!」

聞いてるこちらの胸が痛くなるような声なのに、親友は振り返らずに足を進める。

その姿があまりに必死で、あまりにひたむきで。月子は嫌な予感にとらわれた。

彼は親友に存在を気がつかれなかったら、奈落の底まで沈んでしまうのではないだろうか。

真守が叫ぶ。彼は振り返らない。扉は、閉ざされようとしている。

月子の口から、不安の衝動が飛び出した。

「駄目、待って! こっちを向いて!」

――あんたは、遠城寺君を置いていったら 絶対に いけ   な

○○

高いところから低いところへの、急激な落下感。月子は飛び起きた。

たらり、と額から汗が垂れる。服の下も不快な湿り気を帯びていて、先ほどの夢がいかにすさまじい悪夢だったか、改めて実感する。

月子は、無言で拳を握りしめた。

教室で一人、月子が置き去りにされていたシーン。それは別に、思い起こしても何ともない。

やや恐怖感は残っているが、それよりも気になるのは、真守が親友の名を必死で呼んでいた、あの場面だ。

「大丈夫か? 具合はどうだ?」

すぐ傍で低音が響き、月子は横を向く。まだ名を覚えていない彼が、椅子に腰かけていた。

両手を、月子の片方の手のひらに添えている。そこで初めて、ずっと手を握ってくれていたのだと、気がついた。

「……うん」

曖昧な返事をしながら、もやもやした予感を言うべきかどうか、逡巡する。

単なる妄想かもしれない。でも、無視できない透明な拘束力を感じる夢だった。

「あのさ……」

口を開こうとして、はたと動きが止まった。
見なれない造りの部屋だ。小さなベッドの他に、敷物としての動物の毛皮があるだけの簡素な装いで、しかも壁だと思っていたのは、よく見ると、白い布ではないか。

ということは、ここはテントの中なのだろうか。

「え? ここはどこなの?」

頭をかかえ、何があったかを思い出そうとするが、すかさず弦稀が説明する。
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