虹色世界の流離譚
□Stage 1
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「……あのさ、風賀美さん、体の調子が悪いの?」
右側から突然声が聞こえ、月子はびくっと肩を震わせた。あわてて振り向くと、男子生徒が不思議そうにこちらを見つめ返している。
大きな瞳が印象的な少年だ。短く刈り込んだ髪型は典型的なスポーツ少年を思わせるが、だからといって筋肉質というわけではない。華奢でもなく、適度に細い体をしている。
その名札には、『遠城寺真守(おんじょうじまもる)』と記されていた。
しまった。油断していた。月子は内心舌打ちする。自分が必要以上に神経をすり減らしていることを、他人が大勢いる前でさらしてしまうなんて。
「顔色、ちょっと悪いように見えるんだけど……もしかしたら具合が悪い?」
「そんなことないよ。寝不足ってだけで、元気だから」
とっさに笑みを顔に貼って、取り繕う。遠城寺という生徒は、目をぱちくりしばたたかせた後、「そう、ならいいや」とあっさり引き下がった。
「でもさ、疲れてるんなら、無理したら駄目だよ?」
「うん、ありがと」
それだけ会話を交わすと、月子は目をそらし、新しい教科書とノートを取り出す。
そして、最初の授業終了後、予想通りと言えば予想通りなのだが、数名の生徒が自分の机の周りを取り囲んだ。
箸本が言っていたことなのだが、この中学校に転校生が来るのは久しぶりなのだそうだ。そんな物珍しさも手伝ってか、月子の予想を上回る人数が、机のまわりに集結している。
「ねえねえ、風賀美さんってどこから来たの?」
「へえ、転校これで三度目なんだ。大変だねー」
「住んでるのは三丁目のマンション? あたし近所なんだー」
「髪、長くてきれいだね。お手入れ大変じゃない?」
目まぐるしくぶつけられる質問。次々と繰り出される会話。
こういうのがめっきり不得意な月子は、早くも目が回りそうだった。笑みを刷いた口元が、ひきつりかけている。
と、突然強いめまいにとらわれ、思わず机に突っ伏していた。数人の驚いた声が、頭上で錯綜する。
それらに応えることができず、月子は背骨から忍び寄る悪寒に震えていた。
(な、何? どうしちゃったの……?)
少し考えて、理解した――石が、騒いでいるのだ。