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022.「NO」
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※小学生並みな下ネタ


何かおかしな匂いがする、と思った。昼食として皿に盛られたカレーライスは見た目こそ普通なものの、有り得ない匂いを発している。

簡単に言うなら「腐っている匂い」だ。

「…マジかよ…さすがにこれは有り得ねぇ、」

思わず呟いた瞬間、扉の向こうから聞きなれた声が飛んできた。一応言っておくが、慣れたくて慣れたわけではない。可能なら御免こうむりたいぐらいだが、これも仕事の一環なので避けようがない。

「カンシュコフさん、何か言いました?」
「…お前、まだ声かけてないのによく俺がここに居るってわかったな…」
「何言ってるんですか!おれとカンシュコフさんの仲でしょう!」

541番だ。気持ち悪い。一体どんな仲だというのか。
自分の仕事内容は「看守」というよりむしろ「飼育係」の方が近い気がするのだが、それを言うと541番がまた「おれ、傷つきました」なんて言い出すような気がするので黙って置いた。

「今日の昼飯なんだが…」

腐ってる気がするんだけど、と続けようとしたカンシュコフは、541番の目がキラキラ輝いているので内心焦った。

「…541番、」
「わーッ!カレーライスですね!おれカレーライス大好きなんですー!」
「…でもこれ多分腐ってる…」
「え?何ですって?」
「腐ってると思うぞ」
「……………………」
「匂い嗅いでみろよ、一応持ってきてみたけど多分かなりキてる」
「…究極の選択ですね…」
「…何が?」

何と何をもって究極の選択なのかが分からない。自分がここに収監されていたとしたら、間違いなく速攻で看守に抗議する所だ。
こんなあからさまに腐っているカレーライスを出すなんて横暴だ、有り得ない、死んでしまえ、それぐらい言ったって許されるんじゃないかと思えるぐらいに、明らかに腐っているのだから。
尋常でない匂いだ。

「いえね、おれカレーライス大好きなんですよね」
「…それさっき聞いた気がするんだけど」
「腐ってても食べたいぐらいに大好きなんですよ」
「いや、まぁそれはお前の自由っちゃー自由だけど、もうカレーの味とかしないぐらい腐ってると思うけど」
「いや、でも元はカレーだったわけですよね?って事は腐ってるとしても成分はほぼカレーって事ですよね?って事はつまりカレー食べてるのとほぼ同じって事ですよね?って事はつまりおれは食べたさMAXって事ですよね?って事はつまり今食べるべきって事ですよね?」
「勝手にすれば?」

541番の身を案じていた自分がバカらしい。腐っていてもいいと言うなら話は早い、自分で望んで食べるのだから死んだとしても文句は言えまい。
そうこうしている間に、541番はふたつの皿をひったくり、ご機嫌な様子で歩いて行く。途中でカレーの匂いを嗅ぎ、「うげッ!」と顔を逸らした。
匂いに異常を感じるほどに腐っているというのに、何故そこまでして食う気になるのだろう、とカンシュコフはある意味感心してしまう。有り得ない有り得ないと思いつつ、ここまで有り得ないと逆に笑えるから不思議だ。

541番はふたつの皿の内ひとつを、寝そべって雑誌を読んでいる04番の腹の上へ置いた。

カンシュコフは我に返った。
血の気が引く。

おいおいおいおい541番、お前が食うのは勝手だがあんな物を04番に与えたら確実にマジギレして俺の命日が来てしまうだろうが馬鹿野郎ただでさえ最近アイツ便秘で機嫌悪いのに、と思ったけれど恐怖のあまり声が出なかった。

「キレネンコさん、今日のカレーは腐ってるらしいですよ。酷い匂いがします」

ニコニコ…いやニヤニヤしながら04番にそう話しかけている541番の言葉の内容が理解できなすぎる。そこまで腐っているカレーを尋常でないキレ方をするあの雄へ渡す事が出来るウサギなどそうそう居ない。
誰かアイツの頭をかち割ってそのシナプスを接続し直してくれ、頭が悪すぎる、とカンシュコフは泣きそうになりつつも思っていた。

ガタガタ震えながら04番の様子を見守っていると、雑誌を少しズラして腹の上にある皿を眺めている。
一瞬眉間に皺が寄り、少しずつその皺が深くなっていった。


匂いが鼻に届いたのだろう。


「ね?腐ってるでしょ?でも成分はカレーですから大丈夫ですよ、…あれ?でも腐ってるって事は別の物に変わってるのかな?って事はカレーの進化系ですよね!スーパーカレーライスって事ですよね」

真顔でそう語っている541番の言葉など聞こえているわけもなく、そもそも視界に入ってさえおらず、04番はむくりと置き上がった。皿を持ち上げて鼻に近づけ、匂いを確かめている。


猛烈に深まる皺。
当たり前だ、あれだけ腐っているのだから。

まずい、これはまずい。
完全な拒絶の表情だ。これ以上ない程に、皿に乗っているカレーを憎んでいる顔だ。それかその皿を持ってきた自分を憎んでいる。

怖すぎる。


「お、おい541番ッ…!」
「はい?」
「お前が食うのは勝手だが04番にまで渡すなよ!空気読めよ!」
「えー?だってお昼ご飯ですよね?」
「腐ってるんだぞ?!そいつがキレないわけねぇだろ!」

きょとんとした541番は、04番の顔をじっとみつめている。かなり長い間じっとみつめていたが、くるりとカンシュコフの方を見ると怯えた顔で言った。

「カ、カンシュコフさん…!キレネンコさんが怒ってるみたいです…!」
「だからそう言ってんだろ!お前が腐ったカレーなんて渡すからだろうが!」
「えー!だっておれは腐ったカレー食べるんですよ、キレネンコさんだって腐ったカレー食べるでしょう?!」
「いや意味全然わかんねぇから!」

今にもマジギレしそうな04番を見ていたら、意識が遠のいて来た。
これから自分はグズグズのウサギ肉ミンチにされてしまうのだろうか。ああこんな事なら腐ってる事に気付いた時引き返せばよかったんだ、541番が馬鹿な事を言うからつい手渡してしまったりして、ああ、ちくしょう!…と半泣きになっていると、541番が皿を持って駆け寄って来た。
同時に腐ったカレーの匂いがして吐きそうになったが、それどころではない。

「ど、どうしましょうカンシュコフさん…!キレネンコさんがあんなに不機嫌なの初めてみました…!」
「何言ってんだよしょっちゅうキレてんだろうが…いいんだ、俺はもう諦めたよ、いっそミンチになってこの監獄からオサラバできた方が俺の為かもしれねぇし」
「何言ってるんですか…!おれ、カンシュコフさんのおかげでハッピーな監獄ライフを送れてるんですよ…!」

別にお前をハッピーにしたくて日々頑張ってんじゃねぇよこのクソウサギ、とは思ったものの、貶されているわけでもないのでカンシュコフは苦笑いしつつ言った。

「いいんだ、今日でさよならだな541番、お前気持ち悪くて最低だったけど仕事はやりがいあったよ」
「し、死なないでくださいカンシュコフさん…!おれの腐ったカレーライスあげますから…!」
「要らねぇし!ていうか余計に死が間近になるし!」

カンシュコフは怯えながら04番を見たが、ピクリとも動かない。

「な、なかなかキレませんね、キレネンコさん…」
「ああ…今一体何を考えてるんだろうか…」

ガタガタ震えながらそのまま見守っていると、ついに04番が動いた。

皿に載せておいたスプーンを手にとり、ガツガツと掻き込み始めたのだ。

あまりの展開に、カンシュコフは唖然としながら541番に言う。


「な、なんで…?」
「違いますよ、アレはマジギレですよ」
「いや、でも食ってんじゃねぇか。マジギレしたら食わねぇよ、皿こっちにブン投げて壁やら床やら俺やらガスガスに殴りまくるに決まってる」
「いや、あれはマジギレです」
「はぁッ?!見てみろよアレ、どう考えたって」
「いや、あれはマジギレです」
「だからマジギレだったら食わねぇだろ、って」
「いや、あれはマジギレです」


「…何だよ、マジギレって予想を外したのがそんなに悔しいのk」
「いや、あれはマジギレです」








※後日、腐ったカレーのおかげで便秘期間を更新せずに済んだキレネンコは上機嫌だったらしい。








2010.05.09
小学生並みなネタですね。そして「YES」と同じように、お題は「NO」なのに最終的に「YES」っていう…

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