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021.「YES」
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このウサギ達が餓死しても構わないならもうとっくに飯など運ぶのはやめていただろうがしかし、自分の職業は看守であるからして、仕事そのものを放棄するのも問題があるという自覚がある。
つまり平たく言うと、仕方なく食事をこの部屋へ運んでいるカンシュコフは、脳内で想像してみた。
食事を運ぶのをやめて三ヶ月後のこの部屋。541番と04番はどうなっているだろうか…そりゃあ、生き物として三ヶ月はもつまい。

そうだそうだ、もつわけがない、と思いながらカンシュコフは改めてこの状況を思い描いてみた。


…ぞっとして、思わず口走る。


「い、生きてやがるッ…!」
「え?何ですか?カンシュコフさん、最近独り言多いですよ?歳のせいですか?」


お前何いきなり失礼な事言ってやがる、全部を歳のせいにするんじゃねぇよ!と思いつつ、カンシュコフは悪びれたふうのない541番の顔の前にズイっと皿を差し出した。

今日はクリームシチューだ。

「これ、お前の分」
「あッツありがとうございますー!美味しそうー!わーいわーいぐふふふ!」

若干後半部分に気持ちが悪い感じがあったものの、それを直視するのが怖かったので無視し、カンシュコフは言った。

「…お前って解り易いよな」
「えっそうですか?キレネンコさんの方がわかりやすいでしょー?」

ニコニコと皿を受け取った541番は、この光景だけ見るなら特に問題は見当たらない。
しかし腐れた脳みそはそう簡単には治らないものなのだ。とても残念な事だが、もう末期症状まで行ってしまえばあとは見守るしか手が無い。

カンシュコフはふと、今言われた事が気になって541番に尋ねた。


「…04番の方が分かりやすいって、どういう意味だよ?」
「え?何の話ですか?」
「お前が言ったんだろ、たった今」
「ええー?そうでしたっけ?」
「何だよお前、最近物忘れ激しいんじゃねぇのか。歳のせいかね」


先程の仕返し、とばかりに言い返したまでは良かったが、541番は真剣な顔で言った。


「カンシュコフさん、失礼ですよ。おれ傷つきます。そんなに歳とってないし、仮に歳をとっていたとしたって物忘れが激しくなるのは歳のせいとは限らないしそもそもそれは老人に対する侮辱ともとられかねませんよ、看守たるあなたがそんな事を言っているようじゃ囚人にしめしがつかn」

人の事を「独り言が多いのは歳のせい」なんて言っておいてなんだこの雄は、と思いながらしかし、面倒だったので聞き流した。
時間が余ったのでなんとなく04番に目をやると、例の極悪ウサギはじっと、手に持った皿を眺めている。


若干、眉間に皺。


思わず、恐怖のあまりゴクリと喉が鳴った。


今日はクリームシチューな気分ではなかったという事だろうか。普段ならばそこそこの食べ物が出ればさほど間を置かずに食べ始めるというのに、今日は皿を両手で抱えたままじっと凝視している。

「そもそもカンシュコフさんはちょっと神経質すぎるっていうかキレネンコさんが盛大にオナラした時にすごく嫌そうな顔しますけど、生きてれば誰だってオナラぐらいするんだしあんな顔する事ないじゃないd」
「ご、541番」
「おれにとっては未来の旦那様なんですからやっぱりそういう扱いを受けているのを見過ごせないんですよねしかも何だかキレネンコさんの事いつもジロジロ見てませんか?もしかして気があるとk」
「なぁ、もしかしてクリームシチューてアイツ嫌いだった?」
「ダメですよキレネンコさんはおれの物なんだからいえ、クリームシチューは好きなはずですよ?」

いきなり責める言葉を中断した541番は、しかも直前までくどくどと姑並みなしつこさで文句を言っていたにも関わらず、速攻忘れたようだった。
ある意味すごい。鳥は3歩で忘れるなんて言うけれど、このウサギは0コンマ3秒で忘れるらしい。

「け、けどあの顔…」

カンシュコフは怯えながら04番の顔を見守った。若干眉間にしわがよっている。
やはりクリームシチューはお気に召さなかったのか、と思わず身構えたその時、04番を見つめていた541番は真顔で言った。


「…え、嬉しそうじゃないですか」
「ど、どこがッ…?!」
「やだなぁカンシュコフさん、キレネンコさんあんなに嬉しそうな顔してるのにしらばっくれてぇ〜」
「い、いや俺にはわかんない全然わかんないアレってマジギレする直前の顔じゃないか?」


541番はニコっと笑って、その後ニヤっと笑って、またその後グフフ、と押し殺した声を上げながら喉で笑った。
気持ちが悪い。世の中には失われても良い命なんて有るわけがないのだが、このウサギだけは死んでも構わないと本気で思える辺り、ある意味思考の改革だ。

「もーしょうがないなぁー。あの顔は『マジギレしたいほど好き』ですよ!まぁ、おれにしかわからない変化かもしれませんね、なんたって毎日同じ部屋で……キャッ」
「悪いけど気持ち悪いからやめてくれないか」
「あれ、本当ですか?」

本当ですか、の意味がわからない。しかし541番は上機嫌で言った。


「わかりやすい見分け方を教えてあげますよ、見てください、キレネンコさんの眉間」
「眉間…?」
「皺が寄ってるでしょ?」
「あ?…ああ…」
「皺が3本ならYESです」
「死ぬほど大雑把だな」


「そしてそこに縦の線が2本斜め左上から下へ向かっておりていて尚且つ右下から細い1本が若干左寄りに中央の皺に沿うようにして突き抜けていて尚且つ眉と眉の間が21ミリ以下になっていればおおよそ『マジギレしたいほど嬉しい』って事なんですがだからと言ってそう言い切れるわけでもないので注意してもらいたいのh」
「いやもういい、もう充分ですありがとうございます」
「いやここからが重要なんですよ聞いて下さいよ上瞼から下瞼までの間がおおそs」


「…つまり簡単に言えばほとんど勘という事ですね?」


「そういう事になりますね!」







※しかしこの後04番はクリームシチューを嫌がって暴れ出したらしい









2010.05.06
あれっ…お題「YES」なのに最終的に「NO」になっちゃった笑

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