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□003.「再会」
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切らしてしまったトロイカを買いに行く途中、辺りを歩いてみる気になった。

春真っ盛りな温かい空気は優しくて、目を覚ましているにも関わらず、まどろみに似た柔らかさが有る。まるで春になると現れる虫達のようだ、と思うと何だか笑えた。

昼下がりの、一番麗らかな時間帯。
宿舎からほど近い公園を歩く。

子供連れの母親達が和やかに世間話に花を咲かせ、学生らしいまだ幼い恋人たちが、ぎこちなく手を取り合って歩いて行く。

ぼんやりと、俺にもあんな頃があったよなぁ、なんて記憶をひっくり返す思考が半分あって、しかしもう半分はというと何故だか、部屋を出る時に見た「彼」の。

無愛想な表情だった。




「コプチェフ?」




不意に疑問形で名前を呼ばれ、弾かれたように振り返るとそこには、警察学校時代の同級生が立っていた。

同じクラスだったその男とは、昼飯を買いに行く役割を押しつけ合って毎日、ジャンケンしていたような仲だ。
しかし学生時代を終え、いよいよ各署への配属が決まる頃、彼は田舎へ戻ることとなり。当然、配属先もその田舎になって。

それからもう、9年近い。

「うっわ、…何、こっち戻ってたの?」
「コプチェフ…!マジかぁ、久しぶりだなぁ!」

彼はその腕に、2歳かそこらだろうか、男の子を抱えていて、「息子なんだ」と言って笑った。


他愛の無い話をする。

あの時はこうだったよな、とか。あれからどうなった?とか。
9年の空白を埋めるように、下らなくて重要な話を。
どうやら彼は、妻となった女性の親戚に不幸があり、それを見送るためにこちらへ戻ってきているらしかった。


「お前、もう結婚してんだろ?知らせぐらい寄越しゃ、祝いぐらい送ったのによ、」


不意に満面の笑みでそう言われ、コプチェフは曖昧に笑った。今自分が左手の薬指に嵌めている指輪を見て、彼はそう言ったのだろう。ごく自然な反応だ、と思った。

「あー、いや、結婚とかはしてないよ」
「え、マジで?婚約ってとこか。俺らの間じゃ、お前が一番早いだろうなって話してたんだぜ。お前モテモテだったもんなぁ…あいっ変わらずそのツラなら、今だってモテてんだろ?」
「まぁ、それなりに」
「うわー可愛いくねぇ奴!」

まさか男相手に未来を誓った、なんて言えるわけもなくて。
いい加減な気持ちで付き合っているわけではないのだから、理解を得ようとする気持ちもどこかにはあるのだけれど。

ただ、それを聞いたら彼が、衝撃を受けるのは確かだから。例え、きちんと話せば理解してもらえるだろうと、思っていたとしても。
それとこれとは別問題なのだ。


「…けど、元気な顔見れて安心した。…もうずっと会えてなかったし、時々思い出してはさ、どうしてるかなって考えてたから」

コプチェフがそう言うと、彼は照れたように笑った。


途端、腕の中で子供がぐずりだす。


慌ててあやしてみても、なかなか泣きやんではくれない。男親というのはこういう時、無力だ。子供が何を欲しているのか、全くわからない。
そうこうしている間に、世間話をしていた団体から、ひとりの女性が近付いてくるのが分かった。恐らく妻となった女性なのだろう。それを横眼でみつつ、抱えられた子供の表情を覗き込んでから言った。

「きっと疲れてるんだよ、ここまで結構長旅だったんでしょ?子供、早く休ましてやりなよ」

大粒の涙を零して泣き始めた小さな命の、その頬にそっと触れる。柔らかくて、温かい頬だった。
突然切羽詰まったように、目の前の彼が言う。

「なぁ、…いつになるかはわかんねぇけど、同窓会みたいなん、出来たらいいよな。…お互い、いろんな事落ち着いたらよ、あの頃のアイツら集めて。酒でも、さ」


いつになるかは、わからない。
出来るかどうかも、わからない。

けれどそれが本心である事が、コプチェフには分かった。

だから。



「…そうだね。…その時は買い出し役、またジャンケンでもする?」
「…ハハッ、当然!」



9年前と何の差も無い笑顔で、彼は笑った。






妻となった女性に笑顔で挨拶をし、手を振って別れる。

たまたま気が向いて寄っただけのこの公園で、こんなふうに驚くような再会がある。
運命、なんて言葉は好きでないけれど。
あらかじめ決められている事、というものもやはり、存在しているのかもしれないと思った。



だから、いつでも鋭い目をした無愛想な「彼」との関係も。
自分達にとって最良の「運命」だったのだろう。






「コプチェフ」







突然、名前を呼ばれてはっとする。
聞こえるはずのない声だった。

居るわけがない、だって部屋を出てくる時、彼は不機嫌な顔でベッドにうつ伏せになっていて。
こんな昼間っから、なんて毒づかれて。
そう思いながら顔を上げて前方を見ると。

そこには間違いようもなく。




「…ボリス、」

「…何だその間抜けなツラ」




何故だか胸の奥がギュっとした。

学生時代、自分達は同じ校内に居ながら一度も、話をした事が無かった。その存在は「問題児」として囁かれていたからなんとなく、知ってはいたけれど。

一番近くに居た存在。
一番遠くに居た存在。

その両方が今の自分にとって、動かし難い「糧」となっている事に、じわりと。

心が、熱くなる。



「ちょっと付き合えよ」
「ん、いいけど…どこ行くの?」

体大丈夫?なんて言葉が喉まできたけれど、寸前で飲み下した。
本気で心配して言っている言葉でも、バカにされている、と判断されかねない。



「…、」



何故だか言い淀んだ彼は、ふい、と目を逸らしてから呟くように言った。







「…散歩」







ぶっきらぼうな彼のその表情はいつも通りで。けれど少しだけ、照れたように頬が赤くて。

抱きしめたくなるのを、必死でこらえる。

例え色々と面倒事が付いて回るのだと、分かっていても。

…分かっていたとしたって。




これを幸福と呼ぶ事が許されないなら。
「幸福」なんて、無くても構わない。




不機嫌な顔をして背を向けた彼を追い、隣に並んでその耳元に囁いた。




「…じゃあ、今日は公園デートしよっか」




馬鹿かお前、と想像通りの言葉を返されて、けれどそこにある穏やかな空気が。

心の底から、愛おしい。







生きてきた中に散りばめられた「出会い」と「さよなら」。

そして、「再会」に。






心の底から、感謝を囁く。





Рад
с вами
познакомиться.











2010.04.30
読:ラート スヴァーミー パズナコーミッツア(あなたに会えてうれしい、的な意味)

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