短き夢幻

□愛しくて愛しくて
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その人はいつも突然で、掴み所がなくて…

落ちる花弁とか、吹き抜ける風とか、いろんな表現が出来る位、本当にあっという間に現れてあっという間に居なくなる。
行動も言動もいつも予測不能。
だから今回も予測不能だった。

真夜中、既に店を閉めて明日の準備をしていた幾松。
夫と経営していたこのラーメン店は、夫が他界してからというもの、幾松一人で切り盛りしてきた。
最初は心細くて涙した時期があったが今ではそれもマシになってきた。
だからと言って決して悲しくなくなった訳ではなく、今でも亡き夫を想っている。
「はぁ…」
溜め息が漏れた。
彼女しか居ないその空間にその吐息は異様に響く。
それが一層幾松の胸を締め付けた。

そんな時だ。

ガララ

もうとっくに辺りは寝静まっている頃だと言うのに、北斗心軒の扉が開いた。

「!…アンタ…何しに来たんだい?こんな遅くに。」
そこに居たのは黒の長髪を垂らし、俯いた男だった。
穏健派攘夷浪士・桂小太郎。
彼女にとって攘夷浪士は夫の仇でしかない。
穏健派だろうが過激派だろうが関係無い。
だがこの男…桂小太郎は『何か』が違った。
その『何か』が何なのかは解らないけれど…

「………」
桂は俯いたまま何も言わない。
「アンタ本当にどうしたんだい?」
いつもの彼じゃない。
いつもの彼は、馬鹿でうざくて失礼で、常識があるのかないのか解らない人だ。
それが今はどうだ。
前髪で表情は見えず、ただ黙って床とにらめっこ状態。
息を切らしている訳でも、外傷があるわけでも無いところからして真撰組に追われているわけでも無さそうだ。
なら具合でも悪いのだろうか?

「…いや、何でもない。幾松殿、今夜此処に泊めてはくれぬか?」

やっと口を開いたかと思ったら泊めてくれだと。
本当にこの人は解らない。

でも…

「…良いよ、ゆっくりしていきな」

直ぐに許可を出してしまうのは何故だろう…?
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