四天宝寺

□楔
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「今まで蔵のおかげでほなこつ楽しかったばい…ありがとう蔵」



『…』




「……別れよう」





少し肌寒い夏の風が終電間近の駅前に吹いた















<楔>















このまま中途半端に別れても辛いだけだって、1番わかってたのは千歳だったはずや
なのに…




『なん…でや?』


「そげなこと…蔵はわかっちょると
俺、流石に遠距離は無理ばい」




千歳が言うように、千歳が熊本に帰ることは一週間前から知っていた

初めて聞いたときは辛かった…離れたくないって思った



せやけど俺は遠距離でもずっと愛せる…そう思っとった
今までは…





「悪かね、急に」


『嘘…やろ…』


「俺はもう大阪に帰って来ないばい。これで会うのは最後になると」





会うのが最後?

もう千歳と会えない?





『そんなの…



 嫌に決まっとるやろ!!』




気が動転して自分でもなにをしてるかわからなかった

気付いたら自分の頬が濡れていて涙が伝っているのがわかった





『別れるなんて嫌や…
俺も熊本に行く』


「蔵は親の職業継ぐと?そうなれば来れんばい」


『継がなくてええ。千歳がおれば…これでええやろ』


「……


あー…でもやっぱ…個人的に俺が嫌ばい」



『なっ…』





耳を疑った


嫌?個人的に?

千歳の言葉で頭が真っ白になる




「蔵と一緒だとなにもできないする気がするばい」


『ち…とせ
俺のこと嫌いになったんか…?』


「…ああ」




涙で前が見えない

体がなんだかくらくらして頭も真っ白で今の情況がわからなくなった




「今まで耐えてたけど、やっぱ男は無理だったと」


『そん…な…』


「だから、もう会わないことにしようばい」




『い…ややっ…』


「俺、蔵のこと嫌いばい
だから蔵も俺のこと嫌いになりなっせ」



『っ…そんなん無理やっ……』



「…」



『千歳は勝手やっ…遠距離でも千歳が俺のこと嫌いでも…千歳のこと嫌いになるなんて無理やっ』



「…お願いばい…もう会わんと約束してほしか」





千歳が苦しそうな目をした
こんな目、初めて見た…




…俺なにやっとんやろ、千歳がこない苦しんでんのにわがまま言うて






『っ……千歳が…そない言うんやったら…もう』




あと一言が出なかった

今使える力を振り絞って言おうとしたその時やった





千歳の顔が目の前にきて


触れるだけのキスをした








痛い



触れてるだけなのに痛い





また愛しい気持ちが溢れてどうしようもない

やっと決心が付いたのに…




「蔵…」




はよ抱きしめてもらわんと

千歳を殺してしまいそうやった





いつもの千歳の臭いが鼻を掠める
力をおもいっきり込められて痛かったけど今はそれが心地いい


あと一秒でもええ、このまま抱きしめてほしかった




「バイバイ




愛しとうよ蔵」






さっと離れていく千歳

最後は…最後だけは笑顔にならないと




『バイバイ千里』












ただ千歳の隣にいるだけでよかった



だけどもう喧嘩することも
やきもちすることも
横で笑うことも
横で眠ることも
顔を見ることも
名前呼ぶことさえ出来ないんや






ああ、もう一度だけでええ



あの子供っぽい髪を撫でたい








でも大丈夫。



もう会いたくなっても

息が出来なくなっても




千歳の名前を呼ばないと約束するから…





約束やから…


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