ShortStory

□さぁ、賽は投げられた
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朝晩の冷え込みも厳しくなり、布団からでるのが一際辛くなってきた今日この頃。

ただでさえ朝が苦手で起きるのが億劫な御幸にとっては試練の季節である。

その日も御幸は無理やり叩き起こした為未だ半覚醒の意識を引きずりながら、グランドへと向かっていた。

その道すがら同学年で悪友でもある倉持に、後輩でピッチャーの騒がしい奴が何だか必死の形相で縋りついているのを見つけた。
普段ならだれよりも早く練習を始めている後輩が未だにグランド外にいるなんて珍しいこともあるもんだな、と何とはなしに眺めていたらその後輩に倉持の関節技が決まった。こんな光景だって日常茶飯事。なんてことはない。
だがいつもならそこでギブアップする後輩がなぜか今日は粘っている。持ち前の関節の柔かさなのか、技をかけられつつも何かを必死に訴えている。
あの超が付くほどの野球バカが野球を差し置いてまで訴えることが何なのか、ほんの好奇心で俺は言い合いを続ける二人に近付いた。









「おー朝っぱらから元気だなぁ、お前ら」

「あぁ?」

「!御幸っ」


おれが声をかけたせいか、一瞬緩んだ倉持の腕からするりと抜けだした後輩、もとい沢村がこちらに駆けてきた。


「な、御幸、どっかで見なかった!?こんくらいで、緑で、それから写真でっ!」

「はぁ?」


かと思えばいきなり訳の分からないことをまくし立てる。
思わず間抜けな声を上げて聞き返した俺にさらに重ねるように支離滅裂なことを言い続ける沢村の頭にポンと手を乗せクシャリと髪をかきまぜながら目で倉持に説明を求めた。


「そこの馬鹿が、お守りを無くしたんだよ。
深い緑で、切符より一回り位でかい奴。んで、中に写真が入ってんだと」


溜息をつきながらもわかりやすく説明してくれる倉持を見れば、これだけの情報を聞き出すのにいかに苦労したのかがよくわかる。
そんな説明にコクコクと首肯をしている後輩。

「御幸どっかで見なかった!?」

「いや、悪いな、俺は見てない」


先の質問と同じことを必死に聞いてくる後輩に、申し訳ないが首を振る。
予想通りガックリと項垂れる様子に苦笑しながら、再び頭に手を乗せた。


「そんなにヘコむな。ミーティングん時にでもみんなに伝えとくし、もし俺が見つけたらすぐ渡してやっから。な?」


諭すように言ってやれば渋々といった態ではあるが一応納得したのか、頷いた沢村は先に練習を始めている同学年の友人の元へと走って行った。
やれやれとそれに続く倉持の背を見ながら、俺は、沢村の髪のさわり心地がすごく良かったな、なんてなんの関係もないことを考えていた。




























そんなことがあったのもあり、その日は一日ふと気が付けば物陰を覗くなど、傍からみたらちょっと怪しい行動を繰り返していた。

しかし、そう簡単に見つかるわけもなく、いつも通りに授業が終わりいつも通りに野球をして、あとは風呂に入って寝るだけという時間になってしまった。


風呂場に向かう間もついきょろきょろとしてしまう。今日の俺は何だか親切心満載だな、なんて自分をほめながら風呂場の扉を開く。


スコアをチェックしたり監督と話したりと色々していた為風呂場にはもう人影がない。手近な脱衣籠に脱いだ服を突っ込もうとして、そこにぽつんと存在する緑色の物体を発見した。


「あ、」


思わず零してしまった声が誰もいない脱衣所に響く。
次いでこんなところまで持ってきてたのかよ、と笑いがこぼれた。

全く世話の焼ける奴だな、とポケットに突っこんである携帯を取り出して番号を呼び出す。数度のコール音の後、もしもし?と遠慮がちな声が耳朶を擽った。




「あぁ沢村?俺、御幸だけど」











































「っ御幸!!」



電話でお守りを見つけた旨を伝えたら受話器の向こうでものすごい音がした後、すぐ行くという声と同時に電話が切れた。

いやいやお前どこに来ればいいのかわかってんの?と思った瞬間携帯が着信を告げる。
相手はもちろん、


『・・・・御幸、いまどこ?』


バツの悪そうな声をした沢村だった。



笑いをかみ殺しながら風呂場にいることを教えればまたもやすぐ行く!という声と同時に通話終了の音。


2,3分待っただろうか。
慌ただしく入ってきた後輩が俺の名を呼んだ。


「よ、ホラ、これだろ?」


目の前で少し緊張した面持ちをする沢村にお守りをそっと手渡した。


「・・っ!これだぁ〜」


それを指でつまみあげ色々な角度から見た沢村が安堵のため息をつく。
ぎゅっと胸元でお守りを握りしめた沢村が、はっとした顔で俺を見た。

コロコロと変わる沢村の表情を眺めていた俺と必然的に目が合う。


「あ、の、御幸」

「ん?」


何かを言いよどみ困ったような顔をする沢村がなぜだかすごく可愛く見えた。


「えと、その」

「うん」


一度ゆるりと彷徨わせた視線が再び俺を捉え、




「あ、ありがとうっ」




「・・・・っ!」



それだけ告げるとパタパタと走り去った。
そんな沢村を呆然と固まったまま見送った俺は、近くの壁に背を預けずるずると座り込んだ。



初めて、見た。



・・いや『見た』のは初めてじゃない。
『見た』ことは何度だってあった。



ただそれが向けられるのがいつだって俺以外の『誰か』だっただけ。

何の屈託もない笑顔が『俺』に向けられたのは初めてだった。




思い出しただけで心臓が激しく脈打つのが分かる。

誰もいない脱衣場。
冷え込んできた時間帯。

ひんやりとした壁に背を預けているにも関わらず、じわじわと熱を帯びていく自分の頬に、心の奥底で密かに育っていた感情を自覚した。











さぁ、賽は投げられた
   (今までと同じじゃいられない)







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このたび、皆様のおかげでROMANCE BLUEは開設一周年を迎えることができました。
本当にありがとうございます!!
更新停滞しても細々とやってこれたのは皆様のおかげです。今後はもう少しペースを上げて頑張っていこうと思います。
どうぞROMANCE BLUEを末永くよろしくお願いいたします。

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えー大変な駄文となっておりますがこちらは一周年記念ssとしてフリー配布とさせていただきます。こんなものでもバッチコイという方はどうぞお持ち帰りくださいませ。


あ、ちなみに作中のお守りは長野の友人`sからもらったもので、みんなと取った写真が入ってて、そのほかに栄純が最初に御幸を見た雑誌の切り抜き(御幸の写真)が入れられているという裏設定があったり。なかったり←

珍しく鈍感御幸とじつは自分の感情に気が付いてる沢村でした!

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