短編 テイルズ

□押し倒せ!
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※夢主≠ディセンダー
TOV2


キッチンに漂う芳ばしい香り。
オレンジ、いちご、ブルーベリーが所狭しと並べられたカウンターの上に、新しいデザートがまたひとつ加わった。
次はいちごとブルーベリーのタルトを作ろうか。
そんなことを考えながら、洗いたてのボウルに手を伸ばした。



「やあ。荒れているようだね」

「これのどこが荒れてるように見えるの馬鹿なんじゃないのそれか視力が下がってると思われるからジェイド辺りの眼鏡でもパクって装備することを速やかにお勧めするよ」

「…どうやら重症みたいだ」



私から一定の距離をとって肩を竦めたままそうつぶやくのは、…なんとか王国のお坊ちゃまである、ルーク・フォン・ファブレのお目付け役にしておかんの、ガイ・セシル、もといガイラルディア・ガラン・ガルディオス。
最近アドリビトム内で、クラトスやジェイドに次ぐおかんキャラに成り上がっている。(私の中で)
ちなみに、私の彼氏でもある。
そんな彼は、カウンターいっぱいに並べられたデザートの山を見て、「よくもまあこんなに…」とか呟いている。

知るか私は作りたいから作るんだ。
どうせもう暫くしたら腹を空かせたユーリあたりがふらっとやってくるんだから適当に食わせておけばいい。



「君は、何かあるとキッチンに篭るからね。わかり易くて良い」

「…リリス達の手伝いに、キッチンに立つことくらいあるわよ」

「だとしてもいつもならもう少し後だ。何があったか、話してはくれないか?」



妙なとこで鋭いこの男は、テーブルに腰掛けて紅茶クッキーに手を伸ばしたから、その手を叩いておいた。
てか何故私の生活スケジュールを把握しているんだ。
ストーカーか?ストーカーなのか?



「…」

「…」



言えない。
言える訳が無い。
彼が未だに手を繋いでくれないから悩んでいるなんて。
この縮まらない距離がもどかしいなんて。

付き合う前から分かってたことだけど。
それを理解した上で、告白したけれども。
でもね、さすがに三ヶ月もたって何もないっていうのはひどいと思うの。
けど、言えない。
彼が頑張ろうとしてくれるのはわかってるし、だけどそれができないのもわかってるから。

彼は沈黙を保ったまま。
私も沈黙を保ったまま。
しかし、彼のエメラルドの瞳に押し負けた私は、しぶしぶ口を開いた。



「…言っとくけど、これは私の友達の話なんだからね」

「うん」

「その友達の彼氏がなかなか、その…手を繋いでくれないらしくて、さ。付き合ってるのに、カップルらしいことも何もできなくて…だから、なんと言いますか」

「…うん」

「まあ、友達の話だからね!友達の話!」



自分でも苦しい言い訳だってことはわかってる。
だって、私を見つめるガイの目が、泣きそうなくらいに歪められてるから。
言わなきゃ良かったって、この時になって初めて後悔した。



「…そうか」

「…友達の話だから、あんまり気にしないで」

「その彼氏とやらは、…最低だな」



ガイの方を、見れなかった。
だってあまりにも、辛そうな声音だったから。



「…あの」

「俺は思うんだが、」


ガイが椅子から立ち上がる。
私はボウルに視線を落としたまま動けずにいた。
立ち上がったガイは、私の方に来るかと思いきや何故かドアのほうに向かって歩いて行った。



「その彼氏さん、きっと申し訳ない気持ちでいっぱいだと思うよ」

「…が、い」

「だから、彼女がそれで傷ついてるってんなら、…別れるってのも、ありだと思うぜ」



ガイはそう言うと、キッチンのドアの向こうに姿を消してしまった。
その後、入れ替わりのようにキッチンに入ってきたユーリが不思議そうに私とカウンターの上に並べられたデザートの山を見た。



「アンタの彼氏が、泣きそうな顔で出てったぜ。何があった?」

「…しらないわよ」

「へいへい。んで、こいつらは食ってもいいんだな?」



そう言いながらもパフェをたぐり寄せるユーリ。
返事を聞く気もないじゃないか。

けど、その手が紅茶クッキーに伸びそうになるのを、慌てて制止した。
それから、気付いたら紅茶クッキーの入った小袋を掴んでキッチンを後にしていた。



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