short story V

□ねぇ。
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「ねぇ。どうして言わなかったの?」

「えっ?」


昼間の暖かさがほんのりと残る通学路。
そろそろ陽が落ちようかという時間に時折吹くのは、微かに沈丁花の甘い香りを含んだ春を待ちわびる冷たい風。

咎めるような僕の言葉に、僕のすぐ後ろを歩いていた菜々は立ち止まってキョトンと目を丸くした。


「今日が誕生日だ、って」

「どうしてって・・・」


ナイショになんか、してないよ?
責める気配は微塵もなく、ただ困ったように微笑んで首をかしげた菜々の髪が夕陽を浴びてサラリと揺れる。



ほら、キミはいつだってそうだ。



キミはいつだって、僕にはなにも求めない。
普段はうるさいくらいおしゃべりなくせに、今日が誕生日だなんてキミはひとことも言わなくて。

修一兄さんは知っていた。裕次兄さんも知っていた。
雅弥はそもそも、そういうのに興味ないから除外するとして。
要さんはもちろん、瞬だって知っていた。



ねぇ、それを知ったときの僕の気持ち、キミにはわかる?



一緒に暮らしているのに、好きな女の子の誕生日すら知らなかったなんて。
悔しいような惨めなような、手に余る感情を握り潰すように力をこめた拳が震えた。



今からじゃ、なんにも用意できないよ。



「雅季くん。それって・・・」

「えっ?」

「気にしてくれてる、ってこと?」

だとしたら嬉しいな。
ふわっと大人びた微笑みを浮かべた菜々は、僕を追い越して歩きだす。

軽やかな足取りの後ろ姿、緩やかな風に吹かれた髪がサラサラと揺れて。
そのまま僕から離れていってしまうような気がして、急に不安になった。



ねぇ菜々。お願いだから。



僕を置いて、ひとりでオトナにならないで。
end
HAPPY BIRTHDAY!菜々さん♪


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