あの日あの時あの場所で
□第X話 非日常はすぐ其処に
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ロランは固く目蓋を閉じて耳を塞いで現実逃避に陥っていた。
(夢だ夢だ夢だ・・・これは夢に決まっているっ!)
先程見た人間の身体の一部が武器に変形したのも。
自身の背後から聞こえる爆音や銃声も。
多人数を相手に人間とは到底思えないような動きをする嗤う『男』も。
全てが夢に決まっている。
そうロランは思い込みたくなった。
爆風で飛び散った破片で切った腕の傷から感じる痛みがあっても、だ。
(そもそも何で私の周りでこんなにも事件が起こるの・・・?)
立て続けに自身の周りで起こった非現実的な出来事。
これらが全て『偶然』の一言で片付けられる訳がなかった。
あの鉄骨事件もロボット事件も何もかも繋がっているのではないかと考えてしまう。
(それに!それに!!私を無理矢理連れてきたあの人も、身体の一部が銃になった男の人達もいったい何者なのよ・・・っ!
アニメや漫画とかによく出てくるサイボーグ人間やアンドロイドとでもいうの!?)
頭を抱えて考え事に夢中になっていた。
だから、ロランは背後から爆音と共にこちらに飛んできた『もの』を認識するまで時間が掛かってしまった。
そして、『それ』が漸く視界に入った時、ロランはこれでもかと目を見開いた。
パンク寸前だった頭もまるで氷水を掛けられたかのように冷えていく。
本人の意志とは関係なく、頭は冷静に『それ』の正体を暴いてしまう。
地面に転がる『それ』が人の『上肢』だということを。
「ひいっ!!」
恐怖に悲鳴を上げた。
その『上肢』から逃れる為に後退しようとしたがロランは無造作に転がるそれに違和感を覚えた。
本来人間の身体に流れる筈の赤い血液が一滴も出ておらず、流れてるのオイルのような液体。
更にその腕から機械などで使われているコードが見えている。
何故人間の腕からコードが見え、血液じゃない液体が流れる。
(ま、まさか、本当に・・・。)
先程考えたあり得ない予想がまた頭に浮かぶ。
ジャリっと砂利を踏む音がした。
耳に入った音にロランは過剰に反応し、恐る恐る音がする方向を見た。
そこには自分を此処まで連れてきた紅い瞳の『男』。
「あっ、あっ、あっ・・・・!」
ロランは『男』に尋常でない恐怖心を抱いた。
何故なら『男』は血塗れならぬオイルのような液体塗れになっていた。
ある意味で見た者には恐怖でしかない『男』の姿にロランが恐怖を抱くのは当たり前だった。
血の気が引いた表情はより強張り、ガタガタと身を震わせる。
そのまま悲鳴を上げるかと思われたが悲鳴どころかロランは声すら上げず、ゆっくりと仰向けに倒れてしまった。
オイル塗れの『男』は倒れたロランを一瞥し、先程よりも不機嫌そうに顔を歪ませる。
「・・・気絶したのか、この虫けらは。」
そうロランは恐怖のあまりに気絶したのだ。
『男』は軽く舌打ちし、滴り落ちるオイルを鬱陶しそうに拭い取る。
「この俺にこんな面倒な事を押しつけやがってッ。」
悪態をつく。
しかし、面倒だと言いながらも気絶したロランを見捨てる真似はしなかった。
彼女の身体を軽々と持ち上げ、再び俵担ぎで何処かへと運び去った。
*****
ロランは夢を見た。
過去にあった出来事を見ているのではない。
夢物語のような内容を見ているのではない。
ただ男が一人立っている。
ロランの記憶の中には男に見覚えはなかった。
この男の容姿はとても特徴的で一度見ればそうそう忘れることはない。
だが、いくら記憶を掘り返しても、やはり男が誰なのかは分からない。
「どちら様でしょうか?」
問いかける。
しかし、男は何も答えない。
「すみませんが貴方は誰なんですか。」
先程よりも大きな声で言う。
それでも男は答えようとはしない。
「あの、聞いてますか?」
聞こえていないと思い、近寄ってみる。
男の顔の前で手を振ったり、周りをぐるぐる回ったりと気を引くようなことをするが全く反応を見せないうえ、相手にもされない。
「もう本当に何なのですか、貴方は。」
ここまで無視され続けるとロランも両手で顔を覆い、途方に暮れた。
夢だというのに何だこれはと愚痴をこぼしたくなっていると今まで無反応だった男は漸く反応を見せた。
「えっ?」
骨張った大きな手が自分の頭に置かれた。
これには予想外でロランも驚き、男を見た。
すると置かれた手がいきなりロランの頭を強く乱暴に撫で回した。
「ちょっ!乱暴に撫でないで下さいよ!」
ガシガシッと髪の毛をこれでもかと乱すと男の手はぴたりと動きを止めた。
今度は何をするんだと身構えると男の目と自分の目が合う。
『狼の目』と通称される琥珀色の瞳。
男はもう一度彼女の頭を撫でた。
今度は先程とは違って優しく、まるで子供をあやすように撫でて・・・ニヤリと笑う。
「――。」
ロランの意識がプツンと途切れた。