沈黙の儚き風

□after story1
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 ある日、時雨の元に一通の手紙が来た。

 それは、留学していた学校の留学期間の終わり近くに仲良くなったアンナからの手紙だった。


『学校にある古い寮が壊される』

 時雨はその手紙をじっと見つめていた。

 忘れていたわけではない。

 星野に探りを入れられていた時に思い出したこともあった。

 そして手紙を封筒に戻し、自分のデスクの引き出しに仕舞うと窓の外に見える夕日に照らされた雲を真っ直ぐに見つめた。




‡   ‡   ‡



「おい、こんなところに何があるんだよ?」

 時雨はひと際朽ちかけている木造の建物を見上げて佇んでいる。


 その建物は綺麗に立ち並ぶ校舎の影に隠れるように建っていた。

 榊は時雨と一緒にアメリカにやって来ていた。

 一緒に来てほしいと頼まれたのだ。

 ここが留学先だということは分かっていたが、学び舎だった校舎ではなく、この古い建物まで一直線に来た時雨の深意が榊には掴めていない。

「ねぇ、榊……」

 ずっと黙っていた時雨がおもむろに榊を呼び掛けた。

「何だ?」
「榊はvampireの存在を信じる?」
「はぁ?」

 榊は眉を潜めながら自分より背の低い時雨の顔を覗き込こんだ。

「ここにはvampireがいたのよ」
「えーっと、時雨さん?何を仰っているんですか?」

 非現実的な単語を聞いて榊は自分の耳を疑った。

 時雨は榊の方に妖艶な笑みを見せた。

「ここに居て……」
「え…?」

 時雨はそう静かに言うと今にも朽ちてしまいそうなこの古い建物に中に入って行ってしまった。

「なんなんだよ……」
「SHIGUREハ、カレニ ワカレヲ イイニイッタ」
「え?」

 突然に後ろから話し掛けられて榊は驚き振り返った。

「トツゼン、ゴメンナサイ」
「君は?」

 榊に話し掛けてきたのは、金髪で青い瞳をしていてとても利発そうな少女だった。

 カタコトだが日本語をきっちり話していた。

 英語が苦手な榊には救いだった。

「ワタシハ、Anna。SHIGUREノ、トモダチ」
「君が…時雨に手紙を寄越した子か」

 名前を教えてもらって榊は納得した。

「ワタシ、SHIGUREガ、キコクスル スコシマエニ トモダチニ ナッタノ」

 それからアンナはこの学校で噂になっていた時雨について榊に全てを話した。

 この古い寮に住んでいた男子学生との噂だ。

「・・・・」

 榊はアンナの話を聞くと顔を青くした。

「??Hello??」

 アンナは急に黙った榊の眼前で手を振って反応を確かめた。

 だが榊は固まっている。

(時雨に男が……)

 はるか以外にも時雨と噂になる人物がいたことに榊は驚いていた。

 しかも、外国で。

 全く知らなかったので落ち込みかけている。

「じゃぁ、時雨はそいつに会いに行っているのか?」
「ウウン。カレハ、ユクエフメイ ダカラ」

 会いに行っているわけではないのか。

 では何故その男が居たというこの建物の中に時雨は入って行ったのだろうか。


『ここにはvampireがいたのよ』



 建物に入る前に時雨が言った言葉。

(まさか…本当に?)




‡   ‡   ‡



SHIGURE, you're so beautiful.


I want you, SHIGURE.



 彼と出会ってすぐに重ねた身体。

 何度も何度も重ねあった。

 そして耳元で囁かれた言葉の数々――…


 時雨は建物に入るとなんの迷いもなくある部屋へと真っ直ぐに足を進めた。



『SHIGURE、君は本当にmysteriousだよ』


『何度も身体を重ねているというのに、その唇は俺にくれないんだね』



 目を瞑ってまた彼のことを思い出す。

(Ville……)

 そして目的の部屋の前まで辿り着くと、ひと呼吸をしてからその扉を開けた。

「!!」

 扉を開けた瞬間、新校舎の影になっていて昼間でも薄暗いはずの部屋の中から、眩しいほどの光が放たれて、そのまま時雨を包み込んだ。




・ ・ ・ ・ ・



眩しさがおさまり目を覆っていた腕を解いた時雨は目の前にいる人物に驚いた。

「ヴィル……何故?」

 今、目の前にいるヴィルは以前に見えていたはるかの姿ではなく、あの日――襲われそうになった彼の最期の日に垣間見えた本当の姿だった。

 はるかの亜麻色の髪とは違って紅い髪色だった。

 瞳は濃厚な紅色で真っ直ぐに時雨を見つめている。

 日本人よりもはるかに背の高いヴィルを時雨は見上げた。

『お帰り。俺のプリンセス』

 そう言ってヴィルは時雨の頬へと手を伸ばした。

「っ!!」

 だが触れられた感覚がない。

(これは…幻なの!?)

 時雨の表情から読み取ったのかヴィルが少し悲しげな表情を見せる。

『Yes.俺はあの時に死んだ』
「ヴィル……」
『ずっと君がやって来るのを待っていた』
「………」

 ヴィルはさらに時雨に近寄り、そして抱きしめた。

 温もりも何も感じない。

 それに時雨は空しさを感じる。
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