沈黙の儚き風

□story8
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「はぁ〜」

 時雨は十番商店街をトボトボと歩きながら大きくため息をついた。

 ユージアルがいるウィッチーズ5の部屋を出て、さらに研究室を抜けて土萌邸に戻るとほたるがお冠だったのだ。

 頬を大きく膨らませてずっと待っていたのだということを散々言われたのだ。

 さらにはお土産を買ってこなかったことも怒られてしまった。

(榊には約束を守るヤツって言われたけど、ほたるの約束は破っちゃった……)

 それから昨夜の祭りでのことやユージアルのことも常に心配して気が張っている時雨は少し気分転換にと思って外を散歩することにした。

 商店街は休日と言えど賑わっていて主婦たちが朝も早くから買い物に繰り出している。

 学生は一週間の内で少ない休日なので、映画や遊園地など遊びに行くのだろう、駅前で待ち合わせしている人たちをたくさん見つけた。

(沈黙が近づいているっていうのに……)

 動物的本能ってやつが少し退化しているんだなと時雨は柄にもなく思ってしまった。

 でも戦場に関係のない者はそんなものか、とも思った。

 この国はまだ平和な方だ。

 でも他国では色々な争い事が日々起きている。

 そして、セーラー戦士の存在を知っていても彼女たちが何からこの地球(ホシ)を守っているのかは知らないだろう。

 目の前の困難しか見えていない。

 そんなものなのだ。



「どう足掻いても、一度は窮地に陥るのよ」



 以前みちるに言った言葉だ。

 救われようと、救われまいと、誰も傷つかないで助かる戦いなんて……多くはない。

 少なくともセーラー戦士たちはいつも傷ついている。

(だから、私がいる)

 あの娘だけは私が導かなければならない。

 無事に済むか――…

 無に帰すか――…


「おっ?時雨?」
「え?」

 心の中で考えながら時雨はぼーっと歩いていた。

 その前方から自分を呼ぶ声がする。

 声のした方を見ると、そこには榊がいた。

「あ……」

 昨夜、とても微妙なことを言って無理矢理去って行ったことを思い出す。

「おは、よう……」
「おはよう」

 少し気まずい。

 祭りへはきっと自分を楽しませようと思って誘ってくれたに違いない。

 だというのに、はるかと出会ってしまった動揺から勝手な態度を取ってしまった。

「ちょっと歩かないか?」
「え?」

 逡巡しているといつものように榊の方から声を掛けてくれた。

 時雨は頷いた。




「昨日は…ごめん、」
「ん?何が?」
「何がって、」

 気になっていたので謝ったのだが榊は平然と明るい声で言ってきた。

 その返事に彼の方を見て言い返そうとした時雨だったが、榊が声とは裏腹に真剣な表情をしていることに驚いて言葉が続かなかった。

「俺さぁ、時雨のこと知ってるつもりだったんだけどな」
「え?」
「確かに理解はできてなかった……」

 榊は空を見上げて独り言のように話している。

「小さい頃のお前の好きなものとか苦手なものとかは知っているんだけどなぁ〜」

 そう言うとまた時雨の方に向き直って言った。

「今のお前のことは確かに分からない」
「榊?」
「でもな俺は俺自身のことは知っていて理解しているつもりなんだ」
「?」

 なんだか哲学的な言い回しをされて頭の回転の速い時雨もその言葉にピンと来なかった。

 すると榊はガシっと時雨の両肩に手を置くと力強い目を向けて言い放った。

「だから!俺は絶対!お前の目の前から、傍から、いなくなったりはしないからっ!!」
「っ!!」

 時雨は目を大きく見開かせて驚いた。

 そして榊の力強い言葉に思考が揺れた。

 何を言われたのかピンと来ない――いや、無意識に理解しているのを誤魔化そうとしている。

 そのまま段々と榊の顔が自分に近づいていることに気付かず、我に返った時には榊の唇が自分の額に触れているのを感じた。

「ごめん。じゃぁ、俺、用事あるから。ここで」

 そう言って榊は後ろ手に手を振って去って行った。

 時雨は榊が触れた額にそっと手を持っていき茫然と立っていた。

 そうするしか今はできなかった。

(う…そ……だ)

 はるかも似たような言葉をはっきりと自分に言ったことがある。

 何度、一緒に寝ただろう。

 どれくらい傍にいたと思う。

(でも…それでも……)

 それでもはるかは運命に絡めとられて、あの人の元へと行ってしまった。

 置いて行かないと言った私を置いて行って……。

(榊っ!!)

 どうして辛くさせる。

 どうしてしんどい想いを自分が抱えなければいけないのだ。

「信じ……ない、から…」

 そう自分に暗示を懸けるかのように時雨は呟き、やっと足を動かした。
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