沈黙の儚き風
□story7
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榊はその時雨の表情に少し辛く感じたが負けじと目線を外さない。
「無理よ」
時雨は真っ直ぐ見つめてくる榊から目線を外すと少し俯いて続けて呟いた。
「最近ほたるの体調がまた不安定だから、傍から離れられない」
「その土萌についてもう尋ねないって言ったら?」
「え?」
俯かせていた頭を上げると大きく目を見開かせて榊を見つめる。
「取引ってやつだ」
「はぁ?」
‡ ‡ ‡
「え?しーちゃん、お祭りに行くの?」
帰宅して早々、時雨はほたるに祭りに行くことを伝えた。
それを聞いたほたるは大きな声を上げて拗ねた。
予想通りの反応だった。
「うん…、榊に無理矢理誘われて……」
「榊くんに?」
ほたるは小さい頃から時雨といる。
その時雨の傍には小さい頃から榊がいた。――そしてよく遊んでいた。
だから、ほたるは榊のことを知っている。
「そっか…、榊くんに、」
ほたるは急に目を伏せて呟いた。
小さい頃から二人を見てきた。
年下と言えど感じるものはあったのだろう。
そのほたるの目の前で時雨は、結局、榊の取引きに応じてしまった自分に少し後悔の念が生まれてきていた。
(創一さんがいるとは言え、研究所に籠りっぱなしだし……ほたるを一人にするのはやっぱり…、)
「行ってらっしゃい」
「は?」
ほたるの様子が目に入っていなかった時雨は、急に態度を変えたほたるの言葉に目を見張った。
「だから、行ってらっしゃい。榊くんによろしくね」
「え、…えぇ…」
時雨は急いで浴衣に着替えて、榊との待ち合わせ場所に向かった。
‡ ‡ ‡
「お前って昔と変わらないところもあるんだな」
「どういう意味よ?」
待ち合わせ場所で落ち合った一言目に時雨は笑いながら榊にそう言われた。
なんだか気分を害し、ツンとした態度を見せて榊に聞き返した。
「いやぁ、素直に約束は守るよなって」
「からかったのっ!?」
「いいや、ちがう。取引きは本気だし、」
時雨に突っ込まれて少し慌てたが、榊は心底楽しそうに笑っている。
その彼を時雨は半眼にさせて横目で睨み見た。
そして、夜店のある方へと2人一緒に歩き出した。
一歩踏み込めば、その場はすでに賑わっていて、大阪名物のお好み焼きやわたがし、りんご飴、スーパーボウルすくい、金魚すくいなど様々な店が出ていた。
時雨の隣では榊が楽しそうに色んな出店を見ている。
「からあげ、食うか?」
「………………うん………」
不承不承と言う体で時雨は榊の行為に甘えた。
「私、あっちで飲み物買ってくる」
「分かった」
そう言って榊がからあげを買いに行っている間に時雨は一人で飲み物を買いに行った。
一人になった時雨はふと上を見上げた。
少し面長な提灯がぶら下がって軽く吹いている風で揺れている。
(風……)
ほんの少し前までいつも感じていたあの風。
(今は私の風じゃない……)
あの人のモノとなってしまっている。
また目線を前に戻すと、道なりにずらっと並んだ出店がある。
その並ぶ店の風景を見てふと懐かしく思う。
「あの頃を思い出すよな」
「っ!!」
飲み物を売っている店の列に並んで待っていると背後から声が沸いてきて、時雨は驚いて振り返った。
振り返った眼前には棒に刺さった真っ赤な大きな丸いものがあった。
「え?りんご飴?」
「そっ!時雨、好きだろう」
片手にからあげが入っている紙コップを二つ持ち、もう一方でりんご飴を持った榊がニッと笑って時雨に言った。
「す……き、だけど……」
そう言って榊からりんご飴を受け取った。
榊は満足そうに笑った。
少し待って飲み物を買うと、時雨はりんご飴を舐めながら、その隣で榊はからあげを頬張りながら、店を回りはじめる。
「さっきの話だけどさぁ」
「さっき?」
「小さい頃のこと」
「………」
時雨はドキリと鼓動がひとつ跳ねたのを感じた。
そして俯く時雨の様子に榊は気づいていたが話を続けた。
「お前の両親が仕事で忙しかったから、俺の家族と一緒によく祭りに行ったよな」
「………うん」
時雨は目を和やかに細めて、珍しく懐かしむように思い出していた。
「で、りんご飴が好きだってことを知った」
「嫌いになってたかもよ」
なんせ幼いころの話だ。
「だったら、俺が食ったさ」
「あっそ」
時雨はプイッと榊とは逆の方に顔を向けて拗ねて見せた。
「でも…、」
「?」
急に、榊の明るい声のトーンが落ちた。
時雨は気になって榊の方に向き直った。
榊は自分の方を向いた時雨の頬に手を添えた。
「100%、まだ好きだって確信してた」
「!?」
そう、とても優しい眼差しで時雨に自信を持って言った。