沈黙の儚き風
□story15
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「そう、それはお世話になったわね」
ピクニックに行ってから数日が経った。
それから今日までの間にほたるがちびうさを頼って、高跳びで有名な高校生の早瀬選手へのファンレターを渡しに本人に直接会いに行ったという。
放課後になって思い出したかのようにうさぎはそのことを時雨に伝えたのだ。
確かにこの前、一旦は家に帰って来たようだった、家に居なかったことがあった。
少し心配になったが、自室のデスクにうさぎの家に行っているという置手紙があったので、何かあれば連絡がくるだろうと部屋で大人しく宿題をして待っていた。
(何しに行ったのかと思えば、ファンレターを渡しに行っていたのか)
時雨はやっと納得した。
しかしほたるが自分を頼らず、ちびうさを頼るとは。
あの少女の存在がほたるにとって、とても大きなものになっている。
それはとても喜ばしいことだった。――そしてそれと同時に少し淋しくもあった。
「ファンレターと言えば……」
「「??」」
ほたるの話が一段落着くとうさぎと時雨の背後から急にまことが割って入って来た。
「この前、土兄くんがラブレターもらってたよ」
「ラブレターっ!?」
「―――」
まことがウインクしながら人差し指を立てて少し得意そうに時雨に報告する。
うさぎはそのまことの報告に驚いていたが、時雨は全くの無反応だった。
「それをわざわざどうして私に言おうと思ったの?」
ただ淡白にまことに返しただけだった。
まことはまさかの反応に返す言葉が咄嗟に見つからなかった。
最近姿を見せないので彼のことを忘れていたのに復活してしまった。
そして先日のことを思い出す。
『どうして、創一さんとほたるの二人だけが
無事に済んだのか…とか……』
『だから、あの事故が起こることを
創一さんは分かっていて、
助かったとか…さ、』
榊が創一を疑っている。
そのことを思い出した。
「あんなヤツ、どうでもいい」
「「え?」」
榊のラブレターの話題を聞いて黙っていた時雨がふいに言葉を発しうさぎとまことが驚いて声を上げた。
時雨は心底腹が立ってきた。
分かっている。
知っている。
どうして創一とほたるが軽傷であの事故から助かったのか、
創一がそこに居るのに“居ない”ということを。
それを全く関係のない榊に疑われることがたまらなく嫌で嫌でしょうがない。
(あの男はろくなことをしない)
時雨は苛立っていた。
「時雨ちゃん?」
段々と眉間に皺が寄っていく時雨を認めてうさぎが名前を呼び掛ける。
だが苛立ち黙ったままの時雨は、そのまま教室を出て行く。
うさぎとまことは何があったのだろうと疑問に思いながらも、黙々と歩いて行ってしまう時雨の後を追いかけて行った。
そして靴箱の前に到着すると、それぞれの靴を入れてある場所へと散っていく。
上靴から外靴に履き替えると三人は再び合流して歩き出そうとした。
その時――…
「時雨、待ってくれ」
「―――」
時雨は背後から声を掛けられた。
今一番聞きたくない男の声だった。
「なに?」
振り向かないまま、とても低い苛立った声で時雨は彼に答えた。
「あの時のことを謝っておきたくて」
ここ最近、榊はなかなか時雨を訪ねに行けなかった。
今やっと解放されて時雨を見つけ出せたのだ。
だがそんな榊の事情を知らない時雨は、尚も振り向かないで榊の言い出した話題が何のことか分かった途端、さらに苛立った。
「聞かないって約束だったのに…、少し焦ったんだ」
お前が心配で、
お前が悩んでいるから。
だから気になって心配になって仕方がなかったのだ。
「………」
とりあえず、何かがあって時雨が榊に苛立っているのだろうと確信したうさぎとまことは、二人の間を漂う張りつめた空気にはらはらしていた。
「つっちのえく〜〜ん!みぃつけたっ!!!」
「げっ!!」
「「「!!?」」」
榊が時雨とのこの凍りついた空気を溶かそうと必死になっているところ、彼の背後から急に明るい声が飛び込んできた。
その声を聞いた途端、榊は心の内から本当に嫌そうに低く濁った声を発した。
うさぎたちは何事だと驚き、ここでやっと時雨が榊の方に振り向いた。