沈黙の儚き風

□story14
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「時雨ちゃん、」
「え?」

 頬杖をついて窓の外を眺めていた時雨は不意に呼びかけられて、少し驚きながらそちらの方を見た。

「月野さん?なに?」

 呼びかけて来たのはうさぎで、彼女は珍しく時雨を訝しむような硬い表情を見せていた。

 じっと見つめてくるうさぎに時雨はハッと昨日のことを思い出した。

 ほたるのことで頭がいっぱいになって、我を忘れてしまっていたとは言え、戦士となったうさぎたちの前ではるかに話し掛けたことは彼女たちに疑心暗鬼を生じさせてしまったか。

 うさぎの表情を見つめて時雨があれこれと考えていると、硬い表情とは裏腹にひょいっと手に持っていた紙袋を持ち上げて時雨に差し出した。

「何?これ?」
「ちびうさがほたるちゃんに渡して欲しいって」
「ほたるに?」

 時雨が尋ね返すとうさぎはうんと頷いた。

「良かったら、時雨ちゃんも来てね」
「え?」

 うさぎは紙袋を時雨に渡すと笑顔になってそう言い去って行った。

 時雨は何の話だと疑問符を頭上に見せて、うさぎの後姿をじっと見ていた。

 そして手渡された紙袋の中を覗くと、可愛らしい長い垂れ耳のうさぎのリュックが入っていた。

(?)

 なんだこれはと思いながらもほたるへの渡し物なので覗くだけで終えた。







(ふぅ〜)

 自分にも好奇心ってあったのか、と時雨は思いながら下校していた。

 一日中、紙袋の中身とうさぎの言っていたことが気になって仕方なかったのだ。

「よっ、時雨」
「わっ!?……びっくりした……」

 コレを好奇心というのだろうなぁとしみじみと噛みしめていると背後から肩を叩かれ呼び掛けられた。

「驚かさないでよ、榊」

 痴漢かと思ったと呟く時雨に榊はひどい言われようだなと思った。

「これ、なんだ?」

 一つため息をつくと気を取り直した榊は、時雨が片手に持つ紙袋を指差して尋ねた。

 時雨は指を差された方に視線を移すと、持っていた紙袋を目の高さまで持ち上げて答えた。

「さぁ?月野さんがほたるに渡してって」

 従姉妹の子からの預かりものだと伝えた。

「良かったな」
「え?」

 時雨が持ち上げていた紙袋を一緒に見ていた榊は時雨の方を見ると言った。

 榊の言葉に時雨は大きく目を見開いて彼を見た。

「ほたるに友だちができてさ」
「あ、……うん…」

 豆鉄砲を食らった鳩のように真ん丸にした目を見せて時雨は歯切れ悪く榊に頷いた。

「お前、本当にほたるが大切なんだな」
(何が言いたいの?)

 時雨は榊を訝しんだ。

 何を言いたいのだろうか。

 何かを聞き出そうとしているのだろうか。

 以前に土萌との関係は聞きださないという約束をしたというのに。

 ちょうど土萌邸の前に着いた二人はその場で立ち止まってお互いを見つめ合う。

 榊はじっと時雨を見つめている。

 その表情はとても真剣だ。

「榊?」

 時雨は名を呼んで彼に尋ねる。

「不思議に思ったことはないのか?」
「え?」

 本当に今日は不意な質問ばかりだ。

 何を不思議に思うことがあるというのだろう。

「お前の両親が死んだあの事故……、」
「っ!!」

 榊のその言葉に時雨は身を固くした。

「どうして創一さんとほたるの二人だけが無事に済んだのか…とか…、」

 時雨は鋭い瞳で彼を睨んだ。

「本当に…何が、言いたいのよ?」

 聞いて欲しくないこと、自分自身分かっていて目を瞑っていることを無理矢理こじ開けられそうになったので声が震えそうだった。

 だが、それを悟られたくない時雨は、ぐっと我慢して力のこもった低い声で榊にはっきり言うようにと促した。

 榊は我慢している彼女の様子に気づいていたがそれでもはっきりと言うことにした。

「だから、あの事故が起こることを創一さんは分かっていて、助かったとか…さ、」
「私たちのことは聞かない約束じゃなかったの!!?」

 促したはいいが、堪えられなくなった時雨は、榊に大声で言い放った。

「だけど、前に言っていたじゃないか!!」

 あの日。

 あの祭りの時に、

 創一も、傍に居るのに“居ない”と。

「両親のいない今、私の居場所はほたると創一さんなのっ!!それをあんたにとやかく言われる筋合いないわっ!!」

 これまで家の門の前で話していた時雨はそう言い放つと玄関の方に走って行った。

 榊は幼馴染とはいえ他人様の家なので門のところから足を踏み入れられず、慌てて去って行く彼女の背中をただ切なそうに見つめるしかできなかった。


 背中を振り返らないで時雨は玄関まで走った。

 そして扉を開ける前に大きく深呼吸をする。

 呼吸を整えて冷静を取り戻すと、玄関の扉を開けて家の中へ入って行った。
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