沈黙の儚き風

□story10
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 ある日の朝、外は雨が降っていた。

 はるかは窓越しに雨雲を見上げていた。

 その朝、感じたのだ。

(今日、どこかで必ずタリスマンが現れる……)

 しかし、少し憂えたその瞳はタリスマンのことだけを考えているわけではなさそうだ。

 窓の外を見上げていたはるかはその視線を下げた。

(あの日…、)

 あの日…、台風の影響で強い雨が降り、そして大きな雷が轟いた…。

(近くにいたのに……)

 たまたま見かけた時雨。

 雨が激しく降りそうだと感じたはるかは追いかけた。

 思った通り、雨が降り出してきて、それが激しくなると雷が轟いた。

 雷が光っただけで時雨は普段には見せない動揺を見せていた。

 そして雷が鳴ったと同時に身をすくませて怯えてしまった。

 時雨のその姿を見て、包みたい、守りたいと思ったのに。

 その一歩が踏み出せなかった。

 はるかがそうやって二の足を踏んでいると、目の前で自分じゃない別の人物が時雨に声を掛けていた。

(何故だっ!!)

 はるかは固く目を瞑った。

 何故すぐに包んであげられなかったのだろうか。

 時雨に話し掛けたのは衛とうさぎだった。

 ほっとしたような時雨の様子に、心に重苦しい気持ちが残った。

 そして、昨日だ。

 タワーでのカオリナイトとの闘いの時のように、自分たちが戦っている場に姿を見せた時雨。

「あなたたちは、
全てを思い出していないのよ!」


(あれはどういう意味だったのだろうか?)

 はるかはまた窓の外を見つめて考えを巡らせる。

 その時、家の電話が鳴った。

「………」

 電話を掛けて来たのはユージアルだった。

 はるかは電話を取ろうとせず、留守番電話に録音されるユージアルのメッセージを平然と聞いていた。

 どうやら、タリスマンの持ち主の見当がついたらしい。

 ファックスを送ってきて、記した場所に来るように要求してきた。

「タリスマンの持ち主を見つけたというのは多分、本当ね」
「あぁ、僕たちの予感と一致する」

 みちるはマンションのプールに入っていたようだ。

 白地のシンプルな水着を着て、濡れた髪を黄色いタオルで拭きながら現れた。

 みちるはじっとはるかの様子を見つめる。

 はるかは自分の両方の掌を見つめて考えていた。

(どうせこの手は汚れている。もう何を犠牲にしても、どんな手段を使ったとしても、タリスマンを見つけ出してみせる)

 そう思いながら、頭の片隅では時雨の姿が思い浮かんでいた。

(もう会えないかもしれないな…、いや、会わない方がいいのかな…、)

 はるかは力を抜いてフッと笑った。

 おもむろにみちるが近づき傍に座り、はるかの手を握った。

「はるか、大丈夫よ。わたしはあなたの手が好き」

 そう言って、二人は見つめ合った。




‡   ‡   ‡



「っ!!」

 同じ日の朝、時雨はガバっと飛び起きた。

 カーテンを締め切ったその部屋は朝だというのに真っ暗だった。

 そのカーテンの隙間から雨が降っているのが分かった。

「…………」

 時雨の額からは冷や汗が流れていた。

(なんで…?)

 今まで沈黙の夢は何度か見ていたが、今日は違った。

 しばらく見ることもなく、胸の奥深くで封印していたあの日の記憶が夢として流れてきたのだ。

 両親が死んで、大切なほたると創一を“変えた”あの日の出来事が――…

 あの日に自分の全てを失くし、そして、自分の真実を知った。

 ベッドの上で時雨が動揺したままでいると、カチャっと部屋の扉が開いて黒髪の少女がひょこっと顔を覗かせて来た。

「ほたる?」
「しーちゃん、おはよう……」

 時計の針はまだ6時半を差していた。

 そんな時間に覗いてくることが今までになかったので時雨は不思議に思い、ほたるを手招いた。

「どうした?」
「少し気持ちが…落ち着かなくて……」

(ほたるも?)

 時雨は目を丸くしてほたるを見つめた。

 今日見た夢は、偶然ではないということだろうか。


タリスマン……



(っ!!)

 ふと頭に浮かんできた予感に時雨は誰が見ても分かる動揺を見せた。

「しーちゃん?」
「ううん。なんでもない」

 時雨は「まさか」と心の内で呟きながら、学校に行くのを促した。
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